「スクアーロ先生…!」
ガラッと開けた扉の先には、夜空を彩る無数の花火を背景に、スクアーロ先生がいた。ここでかっこいいなんて思ってしまったあたしは重症なのかもしれない。一歩一歩、ゆっくり先生に近づく。先生はそんなあたしをただただ、見つめるだけだった。
先生の目の前で止まり、顔を上げる。だけど、何を言ったらいいのか分からなくて、しばらくの間沈黙が流れた。最初にそれを破ったのは、先生の方だった。
「…ゔぉおい、フランはどうしたぁ?」
「…へ、」
「踊らなくていいのかぁ?…付き合ってるんだろぉ?」
踊るとは、きっと外で学園祭のフィナーレのために踊るフォークダンスのこと。…そんなことより、やっぱり先生はあたしとフランが付き合ってると思ってたんだ。誤解されても仕方ないのは分かっているけど、でも悲しかった。
「先生、フランは違うの」
「あ゙ぁ?」
「フランとは付き合ってない…」
ポカンと口を開けた先生。あたしはこれまでのことを話した。あたしには好きな人がいて、だけどそれは叶わない恋で…フランに慰められて、告白されて…だけど、その好きな人のことを諦めることが出来なくて、断ったこと。話していると、目頭がじーんっと熱くなった。泣くほどのことじゃないのに、なぜか目は涙の膜をはる。
「その好きな奴ってのは…」
「…………。」
もうきっと、これで最後。先生に気持ちを伝えるのはこれで最後にしよう。今日を境に、先生とはもう関わらないように…。今日だけ、あたしが先生の一番近くにいれる。
今のうちに先生の姿を目に焼き付けよう。女のあたしですら嫉妬する、スルリとなびく長い銀髪。鋭い目つきだけど、時々優しくなる目。口、鼻、耳…先生が着ているスーツや眼鏡。どれもこれも、見るのは今日で最後だね。
「先生、」
「………。」
「あたし、やっぱり先生が…わっ!?」
好きです。と言おうとしたとき、先生に手を引っ張られて、あっという間に身体は先生の腕の中に閉じ込められた。目の前には先生の胸板。首もとにある長い銀髪があたしの首筋をくすぐる。これって、先生に抱きしめられているんだよね?…フランよりも高い身長。引き締まった二の腕。先生の全てがあたしの心臓がうるさく鳴る原因になる。
「せん、せい」
「……本当に、いいのかぁ?」
「…え?」
「…………好きだ、雨芽」
好、き?先生があたしを?ぎゅうっと締まる腕は、確かにそれが本当だと告げていて…これは夢じゃなくて、現実で…そう思ったとたん、目にはっていた涙の膜がプツンと切れて、涙が溢れた。さっきまでの悲しい涙とは違う。嬉しくて…今、こうやって先生の腕の中にいるのが嬉しくて…。先生の胸板に顔をうずめていると、先生の手が伸びてきて、あたしの顔を上に上げた。
「なに泣いてんだぁ?」
「泣いてない、し」
「嘘つけぇ」
スルッと先生の長い指はあたしの涙を拭ってくれる。だけど、あたしの涙は止まることを知らなくて、次々と溢れてくる。そんなあたしを先生はほうっておくことなく、ずっと抱きしめていてくれた。
「先生、好き」
「ん゙」
「ずっと好きだった…」
「あ゙ぁ、…待たせちまったなぁ」
そう言って先生は瞼にちゅっとキスをしてくれた。そして、人差し指であたしの唇をたどって、「ここは卒業したらなぁ」って言った。少し寂しかったけど、それも先生の優しさだから。
「…そのドレス、」
「あ、着替えずに来ちゃった」
「お前には青が似合うと思ってなぁ」
「じゃあこのドレスって…」
「オレが選んだんだぞぉ」
そう笑いながら言うスクアーロ先生。ああ、もう、これは本当に夢じゃないよね?こんなに幸せでいいのかな?話を聞けば、京子とハルにドレスの相談をされ、先生がこのドレスを選んだのだという。
みんなが学園祭のフィナーレを楽しんでいるなか、あたしとスクアーロ先生は2人、教室に残って、今まで離れていた距離を縮めるかのように、ずっと寄り添っていた。
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「うししし、こんなとこにいたわけ?」
「…ミーがどこにいようと関係ないじゃないですかー」
雨芽が先生のもとへ行った後、ミーは一人で屋上に来ていた。今頃、雨芽と先生はどうなったんでしょねー…。もし、あの二人が付き合うとしたら、ミーは心の底から応援出来るんでしょうか?…雨芽がまた振られればいい、なんて考えている自分が憎い。先生のもとへ行くように言ったのは、紛れもなくミーですからねー。そんなことを考えて空を眺めていたら、堕王子が来た。
「お前、雨芽に言ったらしーじゃん」
「綺麗な空だなー」
「無視すんな」
「ゲロッ」
げしっ、と堕王子に蹴られる。まったく、なんでこんなときに堕王子と会話しなくちゃいけないんでしょーかねー。と思っていたけど、それ以降ベル先輩は口を開かなかった。もしかして、ベル先輩慰めに来たんでしょーか?…ないない、ベル先輩に限ってそれはないでしょーね。
見上げた夜空はいつもよりぼやけていて、ミーの頬を伝う何かが、終わりを告げ、そして始まりを告げていた。
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11/09/03
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