ついさっき始まったばかりの劇も、気がつけば終盤に差し掛かっていた。あたしの出番は、あと、棺と一緒に舞台上に出て王子様とのハッピーエンドを迎えるだけ。今はそでのほうでスタンバイしている。
「えっと…」
ぶつぶつとさっきからセリフを唱えるけど、まったく頭に入らない。さっきまでと違い、一気にセリフが多くなるから、失敗しないかと焦り、頭が真っ白になる。そのとき、ポンッと誰かに肩を叩かれた。
「随分緊張してんじゃねぇかぁ?」
「ス、スクアーロ先生…」
予想もしていなかったスクアーロ先生の登場に、驚いてまた台本を落としてしまった。それを見て、スクアーロ先生は笑いながら台本を拾う。スクアーロ先生もあたしが極度に緊張していると勘違いしてるに違いない。
「練習したんだろぉ?」
「だけど…」
「だけどじゃねぇだろ。結果は努力しただけ返ってくるもんだからなぁ…お前なら大丈夫だ」
「なんか教師っぽいこと言うね」
「あ゙ぁ?オレは教師だぞぉ?」
そう言ったスクアーロ先生と顔を見合わせて、くすくす笑ってしまった。先生は屋上でのこと以来、なぜかよく話しかけてくれるようになった。よく分かんないけど、スクアーロ先生と普通に喋れるのは嬉しい。なんて言ったら、先生はどう想うかな?
「やっぱり青にして正解だったなぁ」
「へ?なにを?」
「い、いや、なんでもねぇ!」
そう言うと、先生はそっぽを向いてしまった。青?青と言ったらー…このドレスくらいしか思いつかないけど…なんか関係あるのかな?なんてことを考えていたら、クラスの子が棺を持ってきた。
「蓮野はここに寝てればいいから」
「はーい」
どうやらあたしは、舞台が暗くなったと同時に、棺に入れられたままクラスの子に運ばれるらしい。で、舞台が明るくなったらフランのセリフから始まって、キスをする振りのシーンが終わったら起き上がって、あたしのセリフ。よっし、頑張ろ!
「…ここで見てっから、頑張って来いよぉ」
「雨芽、行っきまーす!」
「それだけ言ってりゃあ、緊張なんてしねぇな」
呆れた顔で言う先生。そんな先生を見て、笑っていたら、ついに出番のときがきたらしい。先生を見ると、何か考えているような顔をしていたかと思うと、急にあたしの耳の横に手を当てて、こしょこしょっと何かを言った。
「…へ?」
舞台が暗くなったと同時にそでの方も暗くなったから、一瞬なにがあったのかよく分からなかった。だけど、はっきりと先生の特徴ある低い声だけは、耳の奥に残った。「そのドレス似合ってるぞぉ」って。
そのまま、あたしは舞台に出されたから、先生がどんな顔をしているのか分からなかった。きっと、先生はあたしを生徒以上の存在には想っていない。だけど、そんなこと言われたら誰だって期待しちゃうよ。混乱する頭を必死に落ち着かせ、劇に集中しようとした。
ちょうど、キスシーンのところだった。フランは舞台に背を向け、棺の前にひざまずく。客席からは見えないから、キスが振りだということはお客さんには分からない。
「雨芽、ごめん」
「………?」
本当に、一瞬のことだった。だけど、あたしにはまるでそれがスローモーションのように思えた。ふわっとフランの香りが鼻をかすめたかと思ったら、唇に何か柔らかいものが重なった。…今、フラン、何したのー…?
舞台そでに目をやれば、背を向けてどこかに走り去るスクアーロ先生がいた。ああ、あたしフランとキスしたんだ。そう実感するのは遅くなかった。
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それからはどう劇が終わったのか覚えていない。気づけば、舞台裏でみんなから拍手されていた。京子とハルからは大成功だよっ!と言われた。
どうやら、舞台は無事に終わったらしい。クラスのみんなが片付けに移り、あたしも着替えるため、控え室に戻った。そこには……フランがいた。
「なんで、キス、したの?」
「…………。」
「なんで、フラン…?」
いつの間にか声がかすれていた。フランはあたしを見つめるだけで、何も答えてくれない。…先生はどこに行ったんだろう?舞台の上でまで、そんなことするなって怒られちゃうかな。………先生。
「ミーは雨芽のことが好きですよー」
「フ、ラン」
ふわっとフランに抱きしめられた。好き…?フランがあたしを?あの屋上でのことを思い出す。もしかしたらあたしが深読みしすぎたのかもしれない、と心のどこかで思っていた。フランはあたしを慰めるために、自分じゃダメか?と言ったんだと思っていた。
「…雨芽、雨芽の心の中には誰がいるんですかー?」
「それはー…」
「雨芽が本当に想っている人は誰ですかー?」
そんなの決まっている。誰よりも厳しい人で、自分にも厳しくて、だけどちゃんと優しさを持っていて…あたしにとってまさにヒーローみたいな人で、届くことないって分かっていても、好きな気持ちは変わらない。…スクアーロ先生。
「スクアーロ、先生」
「…やっぱり、ミーじゃ、ダメですかー?」
「…うん、ごめんなさい」
「そんな顔しないで下さーい。ほら、早く行かないと」
「え?」
「先生、きっとミーたちのこと勘違いしてるんでー誤解を解いてきて下さーい。…そして、もう一度雨芽の素直な気持ちを伝えておいで」
あたしの素直な気持ち?…あたしは先生が好き。叶わないと言われても、諦めろと言われても、この気持ちは変わらない。先生に嫌われたとしても、あたしはずっと先生を好きでいる。
「フラン…!」
「ミーのことは良いから、ほら」
「…ありがとう、フラン」
あたしは駆け出した。ドレスの裾を持ち上げて、必死に校内を走り回る。学園祭はそろそろフィナーレを迎えるため、生徒はみんな校庭に集まっていた。学園祭の最後に打ち上げられる花火のためだ。
途中、何度も転びそうになりながらも、教室にいるスクアーロ先生を見つけた。
「スクアーロ先生…!」
勢い良く開けた扉の先に、ちょうど打ち上げられた花火が、輝いていた。
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11/09/01
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