「これそっちに置いといて!」


「糸車の設置したー?」





バタバタと走り回るクラスメートたち。今日は学園祭。あたしたちの劇は昼からの部だから、午前中のほとんどは準備に終われる。みんなが走り回ってる中、あたしは別の部屋で京子とハルに囲まれていた。





「んー…まだ?」


「あ!雨芽ちゃん、目を開けたらダメじゃないですか!」


「だってこしょばいんだもん」


「ふふっ、我慢してね」





眠り姫という大役(実際は寝てるだけだけれど)を任されたあたしは、衣装準備に大忙し。ハルにメイクをやってもらい、京子に髪をやってもらっている。目の前に鏡が置かれていないから、自分の姿がどうなっているのか分からないけど、京子とハルが手際よいのは分かる。





「はひっ!京子ちゃん、ドレスのここ、破けてます!」


「本当!?あ、ハルちゃん、ネイルはみ出しているよ!」





…手際よいはず。30分くらい経って、やっとあたしの支度は終わったらしい。ニコニコと京子がどこからか、全身鏡を持ってきた。


そこに映っていたのは、ふわふわと巻かれた黒髪。マスカラで伸ばされた睫。ほんのりとしたピンクのチークとグロス。鮮やかな薄いマリンブルーのドレス。





「………。」


「どうかな?雨芽ちゃん」


「ベリーベリービューティフルですよ!」





あまりの変身ぶりに放心状態だったあたしは、2人に顔を覗き込まれてはっ、と意識を取り戻した。ありがとう、と2人に言えば、笑顔で劇頑張ってね!と言われた。


京子やハル、クラスのみんなが頑張って準備してくれたからこそ、開演出来るんだよね。気合いを入れなきゃと、もう一度台本を読み返そうとしたとき、部屋の外からきゃあきゃあと女の子たちの歓声が聞こえてきた。





「なんでしょう?」


「もしかして、フランくんの支度が出来たのかもしれないね」





フランと名前を聞いたとき、手が微かに震えた。あの日からフランとは気まずいままだった。フランは普通に話しかけてくれるけど、あたしは普通にすることなんて出来なかった。なんとかベルが間を取り持ってくれている状態だった。





「ふーっ」


「はひっ!フランくん!」


「わぁ!よく似合ってるね」


「…どーも」





なんてことを考えていたら、フランが部屋に入ってきた。聞けば、わぁわぁと周りに群がる女の子たちから逃げてきたらしい。…フランらしいっちゃあ、フランらしいけどこの部屋じゃなくってもよかったんじゃないかな。





「じゃあ、時間になったら呼びに来るね」


「2人ともっ!リラックスですよ!」


「え、どっか行くの?」


「あたしたち、まだ他にしなくちゃいけないことがあるから」





忘れてたけど、この劇の監督は京子とハルだった。そりゃあ他の役者さんたちの準備とかもあるよね。あたしも何か手伝おうか?って聞いたけど、本番までおさらいしといてと言われてしまった。


京子とハルが出て行った後、フランも一緒に出て行くのかと思ったら、さっきまであたしが使っていた椅子に座りだした。


…さすがに今フランと2人っきりっていうのは気まずいかも。でもここで部屋を出て行くのも、あからさまに避けているのと同じだし…。仕方なく、あたしは台本を手に取った。





「…雨芽、」


「うっうぇ!?」





いきなりフランに名前を呼ばれ変な声が出たと同時に、台本を落としてしまった。慌ててあたしは台本を拾う。そんなあたしを見て、フランははぁっとため息をついて、こっちに歩いてきた。





「緊張、してるんですかー?」


「……はぁ?」


「雨芽でも緊張するんですねー」





ぽんぽんっとあたしの髪を撫でるフラン。どうやら、フランはあたしが緊張していると勘違いしているらしい。いや、緊張していないわけじゃないけど、久しぶりにフランと2人っきりで会話をしたからびっくりしたわけであって…。





「いっぱい練習したんだから大丈夫ですよー。緊張したらーほら、この前、師匠が雲雀恭弥に頭のトゲトゲをバリカンで剃られそうになったときのことを思い出して下さーい」





そのフランの言葉を聞いて、ポカーンと口が開いてしまった。…まさか、フランはあたしの緊張をほぐそうとしてるの?あのフランが?そんな彼の姿がおかしくて、思わず笑ってしまった。





「そうだー…雨芽」


「ん?」


「雨芽ちゃん、時間です!」





フランが何かを言いかけたとき、ちょうどハルが呼びに来た。確か、あたしの最初のシーンは舞踏会からだったっけ?フランはあたしが眠ってから出てくるから、あたしの方が先なんだよね。





「フラン、何言いかけたの?」


「あとで言いますー。劇、頑張って下さいねー」


「うん!」





呼びに来たハルに着いていって部屋を後にした。よかった、フランと普通に話せた。あとでベルに報告しよっと。そういえば、フランが言いたかったことって何なのかな?…あとで分かるから、今はいっか。





















「もう、本当にいつも通りにはいられなくなるでしょーねー」





そうフランがつぶやいたなんて知らず、あたしは舞台に立った。










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11/08/29






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