あ、スクアーロ先生だ。




今は生物の授業。ディーノ先生のペットの亀に水をかけると膨らむのは本当かという実験をしている。なんでもディーノ先生の先生からもらった亀らしい。


で、その実験を真剣に見ている人もいれば、机に伏せて寝ている人もいるわけで、どちらでもないあたしは窓際の席という特権を使って、グランドを眺めていた。




しばらく眺めていたら、スクアーロ先生が校舎から出てきた。片手にタバコを持っている。そういえば、先生っていつからタバコ吸っているんだろう。この前見たのが初めてだったなぁ。


思えば、先生については知らないことだらけだ。誕生日や血液型、家族構成だって知らない。





「はぁ、知りたいなー…」


「お!じゃあ雨芽がエンツィオに水をかけてみてくれ!」


「え、」





違うよ、ディーノ先生。知りたいのはそっちじゃなくて…でも、眩しい笑顔のディーノ先生の頼みごとを断れるわけもなく、水をかけてみた。…本当に膨らむとは思わなかったけど。








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「雨芽ー食堂行きますよー?」


「すぐ行くから先行っててー」





昼休み。今日のお昼は何にしようかなー…?最近新しくメニューに加わったアップルパイ。甘酸っぱくて、フォークを刺したらサクッと音が鳴る。うん、あれにしよう。





「蓮野さん!」





食堂に行こうとしたら、男子生徒に呼び止められた。確かー…隣のクラスの…誰だっけ?えーと…うん、知らない。





「えっと、何ですか?」


「少し話があるんだけど…いいかな?」


「…少しなら」





なんだろう、話って。ついて来てって言われて着いたのは、あまり人が通らない階段下。あ、この廊下の先を行ったら生徒指導室だ。今頃、先生何してるのかな?





「俺、木戸って言うんだけど…蓮野さんってさ、彼氏とかいるの?」


「え、いませんけど」


「じゃあさ、好きな人とかは?」





好きな人。…スクアーロ先生だけれど、誰?って聞かれても困る。好きな人だけど、好きになったらいけない人だから。





「…いないよ」


「だったら、俺と付き合わない?」


「へ?」





何ともいえない間抜けな声が出た。付き合う?あたしと、木戸くんが?え、付き合うってあれだよね?恋人同士になって、あはは、うふふみたいなことするんだよね?





「俺、ずっと前から蓮野さんのこと好きだったんだ」


「ずっと、前から?」





ニコッと照れくさく笑う彼の笑顔に不覚にもときめいてしまった。というか、あれだよ、人生で初めて告白されちゃったよ。


でも、あたしはスクアーロ先生のことが好きだから…叶わないって分かっていても、好きでいたいから。





「あたしはー…」


「ゔぉおい、そこで何してんだぁ?」





上から声が聞こえてきて、顔を上げたらスクアーロ先生がいた。眉間にシワを寄せてなんだか怒っている。





「蓮野さん、返事はいつでもいいから!」


「あ、うん」





それだけを言うと木戸くんはどこかに行ってしまった。スクアーロ先生が一段、一段階段を降りてくる。


告白されているとこ見られたかな?スクアーロ先生はあたしが告白されているのを見てどう思う?少しでも嫌だって思ってくれたらー…なんて、あたしの勝手な願いにすぎないのかな。





「返事、しなくていいのかぁ?」


「…はい」


「お前らならお似合いだと思うがな」





…え?今、スクアーロ先生何て言った?お似合い?あたしと木戸くんが?…やっぱり、先生にとってあたしは生徒以外何でもないんだ。でも、流石に好きな人にそう言われるのは…辛い。





「木戸も良い奴だからなぁ…雨芽?」


「……ーか?」


「ん゙?」


「どうして、先生はそうなんですか?」


「ゔぉおい!!!雨芽!」





名前を呼ぶ先生に振り返らず、あたしは走ってそこから離れた。途中で我慢しきれなかった涙が溢れてくる。


ひどいよ、先生。あたしはまだ先生が好きなのに。そうやって普通に接してくれる先生が辛い。




先生は手の届かない人だって、あきらめなきゃいけないって頭ではちゃんと分かっているのにー…あたしのことなんかもう無視すればいいのに。





もしかしたら、先生が追いかけて来てくれると思って足を止めて振り返った廊下には、もうすぐ全て散ってしまうであろう桜の花びらが、ただ、ひらひらと窓から入ってきていただけだった。








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「じゃあさ、好きな人とかは?」





生徒指導室に戻ろうと足を運んだ階段で思わぬ場面に出くわした。あいつは木戸かぁ?こんなとこで告白とはあいつもやるなぁ。相手の女はー…雨芽?


…というか、雨芽の好きな奴って…。オレだったらいい、なんて思っている自分を思いっきり殴ってやりてぇ。雨芽は生徒で、オレは教師だ。分かりきったことじゃねぇか。





「…いないよ」





ズンッと心臓に重たいものが乗った感覚がした。…オレだ、って言ってほしかった。だが、雨芽の目にはどうやらオレはもう映っていねぇようだな。





「だったら、俺と付き合わない?」


「へ?」


「俺、ずっと前から蓮野さんのこと好きだったんだ」


「あたしはー…」





止めろ。返事なんか聞きたくねぇ。気がついたらオレは、雨芽たちに話しかけていた。


普通、教師っつうのはこういう場面では気をきかせるもんだろうが、そんなことは知ったこっちゃねぇ。これ以上黙って見ていろなんてオレには出来ねぇ。





オレが来たことによって、木戸はその場から去った。木戸が行った先を見つめる雨芽を見て、オレの中のドス黒い感情が一気に溢れ出した。





「お前らならお似合いだと思うがな」





こんなことが言いたかったわけじゃねぇ。これはただの僻みだ。オレの言葉に傷ついた顔をする雨芽。…なんでそんな顔をするんだぁ?雨芽、お前はオレをどう想ってるんだ?





「木戸も良い奴だからなぁ…雨芽?」


「……ーか?」


「ん゙?」


「どうして、先生はそうなんですか?」


「ゔぉおい!!!雨芽!」





泣き出しそうな顔をしてオレを見てから、雨芽は走り出してしまった。すぐに追いかけようとしたが、追いかけてどうするつもりだぁ?










今雨芽を追いかけたら、自分を止められなくなる。抱きしめて、雨芽が泣き止むまで髪を撫でて、好きだって耳元で囁いてしまうだろう。


雨芽が去った方向とは逆の方向にオレは足を進めた。








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11/08/06






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