昨日はスクアーロ先生が傍にいてくれたおかげで、寂しくなかった。だからお礼にクッキーを焼いて持ってきた。…なんて言って渡そうかな?「毒でも入ってんのかぁ?」って言われたらぶん殴っておこう。
「毒でも入ってんのかぁ?」
ベシっと先生の頭を叩いた。このカス鮫教師…人がせっかく早起きして学校まで来てやったというのに、予想通りの行動をするだなんて。
「殴ることねぇだろ!!…まぁ、ありがとな」
ぽんって大きな手のひらを頭に載せてくれる先生。実は先生の大きな手が大好きだったりする。昨日も冷え切ったあたしの手を、この手で温めてくれた。
…ん?なんか思い出したらすっごく恥ずかしいことしてない?あたし。え、ちょっと待てよ。よく考えればバイクに乗せてもらったり、帰ろうとする先生を引き止めたり…。
「なんだぁ?さっきからブツブツと」
「うひゃ!?ななななな、なんでもない!」
頭にクエスチョンマークを浮かべる先生を置いて、あたしは職員室を後にした。…先生に顔を覗き込まれて、心臓が止まるかと思った。あやうくスクアーロ先生を殺人者にするところだった。危ない、危ない。
「うへへ、いっちばーん!あれ?」
一番乗りで到着したまだ誰もいない教室。一番乗り特有の優越感に浸りながら、自分の席に着き、置き勉していた教科書を取り出そうとしたが、手を入れた机の中はからっぽだった。
「教科書が…ない?」
って、うぇええええ!?まだ山本先生に貰ったばっかりで新しいのに…!今日の授業どうしよう、またベルにお古借りようかな。
「ベルぅー…」
「ん?なんでそんなにうな垂れてんだよ」
「教科書、なくなっちゃった」
「はぁ!?この前王子に返しにきたばっかじゃん」
「なくなっちゃったんだもん」
「だもん、じゃねぇよ」
昨日の放課後までは、確かにあった。なのに朝きたら突然教科書が消えていた。うん、事件だ。名づけて「雨芽刑事の事件ファイル〜消えた教科書の謎〜」。おおう、なんかカッコいいぞ、これ。
「つったて、オレの古いの寮だぜ?」
「あがっ!?そうだった…」
「クフフ、お困りのようですね」
…忘れてた。ベルは2年生だからベルに会いにくるには、2年生の教室がある校舎に来なくちゃいけない。2年生の校舎ということは、このナッポーに出会う確率もあるということを、すっかり忘れてた。
「おはようございます、骸先輩」
「おはようございます、雨芽。今日も可愛いですね」
「朝から雨芽のこと口説くな。つーか、こいつに頼めばいいじゃん」
「へ?」
「六道、生徒会室に確か予備の教科書あるだろ?」
「ええ、確かにありますけど」
な、なんかベルが輝いて見えるよ!わざわざあたしのために教科書を手配してくれるだなんて!骸先輩が、だけど。でも頼んでくれてるには違いないよね、うん、初めてベルが先輩だと思った。
「で、こいつが教科書なくしたから貸してやってくんね?」
「そういうことでしたか、本来は禁止されてますが…まぁ、雨芽ならいいでしょう」
「え、いいの!?」
「クフフ。特別に、ですよ」
唇に人差し指を立ててシーッってする骸先輩がなぜかカッコよく見えた。ちょっと目がおかしいや。ベルが先輩に見えたり、骸先輩がカッコよく見えたり。
「後で生徒会室に取りに来て下さい」
「うん、ありがとう!」
「クハッ!その笑顔…やはり雨芽は生徒会には必要不可欠な存在ですねぇ」
「うっせ。とっとと失せろ、パイナッポー」
ゲシっとベルに蹴られながらも、笑顔で手を振って立ち去る骸先輩。もしかしたら、骸先輩はかなりのマゾなのかもしれない。あんまり関わらないようにしておこう。
「で、なんで教科書がなくなるんだよ?」
「分かんない」
「ふーん…なんか気になっから、しばらく気をつけとけよ」
「 ? うん、分かった」
気をつけろ。ベルに言われた言葉がひっかかる。というより意味が分からない。あたしが何に気をつけなきゃいけないわけ?…骸先輩?いや、もしかしたら最近調子に乗って恭ちゃんって呼んだ雲雀さんかも。
「先生に近づくな、ブス」
「へ?」
すれ違った女子生徒。見たことがないから、きっと先輩、だよね?今のって…それに、先生って…。ふと、スクアーロ先生の顔が浮かんだ。…気のせい、じゃないけど気のせいだと思い込んでおこう。うん。
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それから数日が過ぎた。いつのまにか、あたしのあらゆる私物は姿を消していた。教科書は帰ってこないし、体操着は消えるわ、ローファーは消えるわ。…怪奇現象?それになぜか、女の先輩とすれ違うたんびに、なにかを言われる。…これも怪奇現象?
「ミーが思うには、それってイジメじゃないですかー?」
「イジメ?」
「つーか僻みじゃね?スク先生が雨芽にばっかかまうから」
ついに、サイフまでなくなり、スクアーロ先生に奢らせようとしても見つからず、結局ベルとフランに奢らせた。サイフだよ、サイフ。あたしの全財産までとはいかないけど、大切な相棒だよ。
「うぅー…サイフ子ちゃん」
「サイフ子って何だよ、サイフ子って」
「最悪のネーミングセンスですよねー」
「ししっ、同感」
ベルとフランの会話は耳に入らず、行方不明になったサイフ子が、どこかに落ちていないか、と辺りを見回したらこっちを見ている女の先輩集団がいた。
あ、あの人この前すれ違った人…。目が合った瞬間、ギロっと睨まれた。え、あたし本当に何かしたのかな?まったく心当たりがないんだけど。ない脳みそを必死に回転させていたら、スクアーロ先生が来た。
「なにやってんだぁ?」
「スク先生、雨芽がサイフなくしたんだって」
「というよりー消えちゃった?って感じですねー」
「消えた、だぁ?」
「あ、いや!なんでもないの!ね?フラン」
先生から見えないように、ギュっとフランの手を机の下でつねる。一瞬顔をしかめたフランだったけど、すぐにいつものポーカーフェイスに戻って「なんでもありませーん」と先生に言った。
…なんで先生に黙ってるかというと理由は簡単。ベルが話すなって言ったから。今回のことは明らかに先生絡みだから、余計なことをしそうな先生には話すなと、ベルに言われた…というか命令された。
「お前がボケッとしてっから落としたんじゃねぇか?」
「そこまでボケッとしてないし!」
「どうだかなぁ」
「んなっ!?いいもん、絶対に探し出してみせるから!」
「どこ行くんですかー?」
「サイフ子ちゃん誘拐事件の調査だよ、フラン刑事」
いくらなんでも、サイフを落としたらあたしだって気づくわ。絶対に見つけ出して、あたしが落としたんじゃないってことを証明してやるんだからね!覚悟しとけ!
サイフ子ちゃん誘拐事件の捜査のために中庭に行こうとしたら、さっきの先輩集団に囲まれた。
「え、何ですか?」
「蓮野雨芽ちゃんだよね?ちょっと来てくれない?」
「あたし、サイフ探してるんで今はちょっと…」
「さっきあっちで見たのよ。だから、雨芽ちゃんのか確認するために、ね?」
「え、マジですか!?」
なんだ、この先輩たちはいい人じゃん。さっき見たあの時すれ違った先輩はいないし。他の先輩たちもどっかで見たことがある気がするけど、うん、サイフ子ちゃんを見つけてくれたならいい人だよね。
あたしは、何の疑いもなしに先輩たちについて行った。この後から起こる、あの、最悪の事件だなんてまったく想像もせずに。
ただただ、空だけはどんよりと曇っていて、今にも雨が降りそうだった。
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11/06/03
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