(03)
「どうだい、久々のこの村は。」

丁度昼食時だということで、俺はそのままマザードルテにご馳走になった。と言っても作ってくれたのはシャノだ。シャノ本人は今は食器を片してくれている。基本腹に入れば皆同じだと思っているので、作り手の上手い下手はあまり考えることもないのだがぼんやりと覚えているドルテの味にシャノの料理は似ている気がした。食後のホットミルクが入ったマグカップを両手に持ちながらマザードルテはその水面を見つめていた。

「ところどころ変わってたけど地形は覚えあるし、ここの教会なんかは変わりなくて嬉しかったかな。そういえば居住空間は建てかえたんだね。」
「老朽化がすすんでいたからね。最近は小屋の方も建てかえたさ。」

教会の隣に居住空間があり、その裏手にはひっそりと物置小屋が建っている。マザードルテが言った小屋はきっとこれのことなんだろう。
目の前の彼女がことりと木造の机の上に乳白色が入ったマグカップを置く。中からは白い湯気が立ち上って空中で霧散していた。

「じゃあ、ちょっと出掛けてくる。」
「出かけるのはいいけど、あまり遅くなるんじゃないよ。この村は最近物騒なんだ。」

はあ、とマザードルテが一つ溜め息。

「物騒?」
「誘拐がちらほら起きてるみたいでね。行方不明者は若い娘がおおいんだが、男だってなきにしもあらずさ。衛兵も何も掴んじゃいないみたいだし、最近じゃあ寂れた村が嫌になった若人の家出とも言われてるけどね。」

ドルテの表情の歪みから、彼女自身は家出とは思っちゃいないんだろう。

「…それは穏やかじゃあ無さそうだね。」


* * *



太陽が燦々とした光を降らす昼過ぎ。
村の端にある森に来ていた。ここシャトー村は海に面したところにあってその海と村を行き来するためにはこの森を抜けなければならない。いくらか舗装はされているし海面が太陽の光を反射してこちらに射してくるから迷子になるなんてことはない。
潮の香りが少し強くなって、肌もべとついてきた。よかった近づいてるみたいだ。

光が強くなったかと思うと、少し開けた場所に出た。目の前にあるのは確かにどこまでも広がる透明感ある海だったが、海と俺との間には無機質な鉄製の柵があった。腹あたりの高さまであるその柵の向こうをうかがえば海面では波が押し寄せ泡立っている。
崖だ。

海面から覗く尖った岩々はただの凶器だ。落ちたらひとたまりもないだろう。俺はこうではなく普通に砂浜へ行きたいんだけど。
柵に沿って歩いていけばどこか端につくだろうと左へ歩くことにした。なんてことはないただの気分だ。

しばらく歩いた。
気づけばもう空は橙色に染まっている。森を抜けるのがいささか遅かったらしい。
途端錆びた冷たく硬い柵に手を滑らせながら歩いていくと、ガツン!と柵から振動がつたわってくる。

少し痺れた手を擦りながら何事かとあたりを見渡せば、目の前で大の男が女性の細い首を絞めて柵に追いつめていた。

「おい!何やってんだそこ!!」

柵はぐらぐらと今にも抜けてしまいそうで落ちるが速いか窒息するのが速いかといった状況だ。
荒げた声は向こうまでちゃんと届いたのか男の肩がぴくりと揺れる。突然の闖入者に怯んだのか俺がそこに着く頃には男は白衣めいたものを翻して既に逃げていた。
残されていた女性の首には赤黒い痣が痛々しく浮かび上がっていて、突如入ってきた酸素に咳き込んでいる。

「大丈夫?何があった。」
「げほっ…、うぅ…ぐ。」
しばらく背中を擦ってあげれば、目尻に涙を浮かばせて女性は俺を見た。突然入ってきた酸素に噎せる女性の背をやんわりと撫でる。の下で揃えられたふんわりとした橙がかった茶髪に、紫の瞳。質素なワンピースに身を包んだ彼女の名はエリザベスというらしい。

「声を出すのが辛いなら首振るだけでいいから、いくつか聞くよ。あの男は知り合い?」

こくり、とエリザベスが首を縦に振る。

「一歩間違えば殺されてたわけだけど、衛兵に突き出すかい?」

ふるり、とエリザベスは首を横に振った。

「じゃあ最後に一つ、あの男は…誰だ?」

咳も大分治まった頃を見計らって彼女に発言を求める。エリザベスは桜色の唇をふるりと震わせた。

「私の婚約者の…カルマ、です。」

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