(02)
「兄ちゃん、着いたよ。」

運転手から声がかかる。着いたのは綺麗な時計台のある小さな村の入り口だ。逆に言えばそれしか特筆するべきところがないというのが正直なところなんだけど、何もないよりマシだろう。そう、俺は過去この村に来たことがある。今回で二度目だ。
この先にある都市で営業をするらしい運転手と約束通りの代金を支払ってから別れ、懐かしい風景に身を投じた。

田舎とはいえ、市場はそれなりの賑わいを見せているし活気ある声があちこちへと飛び交っていた。以前来たときと変わった所もあれば変わっていない所もあってそれを探すのもなんだか気分が高揚した。自分は思っていたより単純なのかもしれない。
石畳の地面を蹴っていけば村一番の広場に出た。ど真ん中に直方体の大きな時計台が建っている。待ち合わせの定番だということは今でも変わっていないらしく今日も人がちらほらと集まっていた。ああ、ここも変わっていない。

今から向かうのは小さな教会だ。古ぼけた木造の教会はお世辞でも綺麗とは言い難く、人の出入りも多くはない。
俺が今回この村に来たのはいつかの世話になった運転手に話した通り人魚を捜しているから――などではなく、その教会に用があった。

しばらくすると、目的の教会がその全貌を現す。赤褐色の塀を越えてみれば夜色のシスター服を身に纏った華奢な背中が視界に入った。箒を小刻みに揺らしているところをみるとどうやら庭の掃除中らしい。シスターの足元にはくすんだ色の落ち葉が山を作っていた。

「シャノ。」

その背中に声をかければ、夜色からアップルグリーンの髪が溢れながらシスターはこちらを振り返った。久しく見ていなかった顔にはまだあどけなさが残っていて、蜂蜜色の瞳がまんまると俺を映す。

「ウィラード…、ウィラード!!」

きょとんとした顔がみるみるほころび、シャノは箒を投げ捨てて勢いよくこちらに駆けてくる。外見十代半ばの少女を抱き止めるのは容易く、シャノはきゃっきゃと喜んだ。外見十代半ばと曖昧な表現を使ったのは他ならぬ彼女の正しい年齢がわからないからだ。
以前この村に来たとき砂浜で眠っていたシャノを文字通り拾い、今のこの教会の主に押し付けたことは数日前のことのように鮮明に思い出せる。

「久しぶり、前にウィルでいいって言ったろう?」
「ウィル、ウィラード…ウィル!久しぶり、いつ此処に?」
「ついさっき着いたばかりさ。ドルテは元気?」
「うん、ウィルが帰ってきたって知ったら喜ぶよきっと!」

俺が知るドルテからはあまり想像がつかないけど、あれから中々の年月も経っていることだし人の性格を変えるにもそれは十分な時間のはずだとさして気に止めはしなかった。それよりも以前とは違ったシャノの明るい声に自然と口角がゆるむ。すると突然この場に到底似つかわしくない重々しい耳障りな音が聞こえた。教会の扉が軋む音だ。

「騒がしいよ、一体何があったんだい。」

薄く開いた扉の向こうから、地の底を這うようなおどろおどろしい声がもれてきた。次いで、コツコツと杖をつく音も。
現れたのは白髪頭の小さな老婆だった。身の丈は俺の胸あたりまでしかなく腰から上は力なく弧を描いている。それでもその視線で人を射殺せるのではと思わせる眼力が弱々しいと思わせる印象を一掃していた。

「マザー、ウィルが帰ってきたよ!」
「ウィルって、…ウィラードが?」

シワの奥から底光りする眼差しがこちらに向き、頭のてっぺんから爪先までまじまじと見られる。マザーの眼球が黙視できるほど見開かれたところで俺は挨拶の言葉を投げる。

「久しぶり、ドルテ。元気そうで何よ――」

最後まで言えなかった。
いや、最後まで言わせてもらえなかった。
年を感じさせないほどマザーの動きは俊敏だった。
避ける間も与えず俺の腹部へ飛び蹴りを喰らわせたマザーは、地面に座り込んでいる俺をその眼光で射抜いた。

「顔出すのが遅いんだよ、この浮浪児がぁっ!!!」

これのどこが喜んでるって言うんだ。

マザードルテはそのまま踵をかえし教会の隣にある二人の居住空間のほうの扉を開けた。

「何ぼさっとしてるんだい二人とも、さっさと中にお入りよ。」

俺とシャノは顔を見合わせてマザーの後に続いた。レンガ造りのこちらは教会に比べて随分と小綺麗でしっかりとしている。人一人分しか通るスペースのない玄関なので俺はシャノの後ろに回った。

「ああ、そうだウィラード。」
「ん?」

マザードルテが振り返る。ただでさえしわくちゃな顔を更にしわくちゃにさせながら綺麗に揃っている歯が見えていた。

「おかえりなさい。」
「ただいま。」

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