(01)
がたん、と全身を襲った揺れで目が覚めた。
いつの間に寝てしまったんだろう、とぱちぱちと数度瞬きを繰り返し焦点を合わせようとするが景色は定まらない。薄ぼんやりとした風景が段々と輪郭を帯びてきたところで俺は今の自分の状況を思い出した。ああ、そういえば馬車の荷台に乗せてもらってるんだったか。景色は流れているんだ。

澄みきった青い空の天辺にはこれでもかと光を浴びせる太陽がのぼっている。目深に被ったモスグリーンのマントのフードがそれを優しく遮ってくれていた。左目に至っては覆っている黒い布のせいでいつでもどこでも真っ暗だけど。

見渡す限り広がる草原は緑色をした凪の海のようで、馬車が走る一本の砂地はその海を割いているかのように続いている。随分と出発地点に比べれば辺鄙なところに来たものだ。

「兄ちゃん、旅人なんだろ?どうして旅なんてしようと思ったんだい。」
「ん?…探し物だよ。これが中々見つからなくてさ。」

俺が起きたのを見計らったかのように運転手から声がかかる。背を向けあっているというのに可笑しな話だ。問いかけられた質問は今までにも何度かあったものだ。この答えを口に出すのも変に慣れてしまったように思う。
穏やかな陽射しがぽかぽかと全身を包んで、再び微睡みが手招きをする。声にもけだるさが出たかもしれない。固い木の荷台から伝わってくる不規則な振動が揺りかごのようで更に睡魔をあおった。

「探し物とはまたシンプルに纏めてくれたが、その内容によって大分受け止め方が変わるってもんだ。オレは過去何人もの人からその答えを聞いてきたけど、自分探しの旅だったり失踪した身内をだったり故郷だったり色々あったよ。」

はきはきとした声がうつらうつらとしている脳を揺さぶる。運転手は少し楽しそうで、彼がこれから言わんとしていることはなんとなくわかった。無意識に口元がゆるむ。

「それで、兄ちゃんは何を探してるんだい?」

「人魚。」

人魚。
水中に生息するという伝説上の生き物。上半身は人のソレ、しかし腰から下には尾びれや鱗が当たり前だというようにそこにある魚類のソレと考えられている。国によって違うけれど、やれ姿を見れば嵐や不慮の前兆だの、やれ予知能力があるだの、伝承の数には事欠かない。

運転手は予想だにしていなかっただろう答えになんと返そうか思いあぐねているらしい。その証拠に返答のあとすぐに返ってきたのは甲高い口笛の音のみだった。いつもならここで終わるのだが、今から向かう場所への郷愁か些か機嫌がいいらしい。
俺は「東の方での話なんだけどさ。」と前置きして、緩んだ顔のまま運転手のほうへ振り向いた。

「人魚の肉を食べるとさ、不老不死になるんだと。」

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