(06)
「あれ、マザードルテどこ行くの。」

その日は随分と朝から慌ただしくて、いつもはシスター服にもこもこと毛糸で出来たケープを羽織っているマザードルテもきちんと正装をしていた。
白い布(ウィンプルというらしい)からいつも無造作に出ている髪は、一本残らず全て中に収められ彼女たちもシスターだったんだと今更ながらに実感する。

「葬儀だよ、忙しいんだから手伝う気がないならどこかで縮こまっておいてくれ。」
「あぁ…、ちなみに誰が?」
「…あんた言ったってわかりゃしないだろう、市場で働いてたタニーって子だよ。タニー・マグリッド。」
「そ、…元気そうだったし病死ってわけじゃないんだろ?」
「あんた知ってたのかい。」

マザードルテが僅かに瞠目したので、俺は何故か勝ち誇った気分で口角を緩めた。実に単純だ。
声には出さなかったけど顔でなんとなくわかったらしくマザードルテは表情こそいつもの仏頂面だったが苛立っている、気がした。このあたりはもうただの感覚だ。何気に付き合いは長い方だし。
これからの会話を聞かせるべきではないと判断したのかマザードルテはシャノに教会のほうの準備をするよう言いつけて彼女をそこへ追いやった。心なしかシャノの顔色は少し青白い。か細く掠れた声でまたね、と手を振りながら扉の向こうへ消えていった。

「森の入口付近でね、刺殺されていたらしいよ。引きずった痕や大きな袋が近くから出てきて例の誘拐犯じゃないかって噂さ。」
「つまりアレだね、他の人の生存も絶望的ってわけだ。」
「礼拝者が増えそうなこと言うんじゃないよ。」
「マザードルテはシスターをちゃんとやるべきだと思うよ。」

仕事をする気があるのかという発言だった。まあ俺はマザードルテがシスターになったときから驚きっぱなしなんだけど、内心。これも口に出せばきっと怒られる。

「で、シャノはどうしたんだい。そのタニーとも仲がよかった、とか?」
「あいつの交友関係なんて知るわけないだろう。そうじゃなくて、一番にタニーを見つけたんだよ。」
「あぁ…、ショック受けちゃったんだ。」

件の場所に近いこの教会に、朝の早いシスター、シャノの仕事や習慣なんてものは把握してないがそれらが第一発見者なんてものになった原因なんだろうと思う。
あの子もツイてない。

「いんや、アレは衛兵からの事情聴取に疲れはてたうえ睡眠不足がたたってるだけだね、私が見る限りは。」
「気丈だなあ。」
「ウィラード。」
「なんだい?」

マザードルテは溜め息を吐きながら俺の前に置いてあるテーブルに何かを放り投げた。カランカランと数回まわりながら手前まで滑り込んできたそれは一見シルバーのナイフのようだった。
しかし手にとってみればその刃は些か小さすぎる。

「シャノが拾って持って帰ってきちまったんだと。」

「医療用のメス、だね。なんでそんなもの…。」

マザードルテが手首を返して裏を向けるよう指示してきたのでそれに倣う。
よく磨かれた銀色の柄に小さく削られたあとを見つけた。マザードルテのほうをもう一度見遣ればそれを読めと促してくる。
ただでさえ細い柄に彫られた文字は思いの外読みにくく、また使いはじめて長いのかすこし文字が欠けていた。

「K・A・R…、カル……。カルマ、Dr.カルマ?」
「誘拐犯の正体がカルマじゃないかと思って持って帰ってきたんだよ、あの子。」
「庇うんだ、妬けるね。」
「ああ、妬けるよ。」
「嫉妬で人は人を殺せるかな。」
「全ての嫉妬が殺人に繋がるわけではないだろうが、嫉妬が殺人の理由にならないとは言いきれないだろうね。」

マザードルテが修道服をはためかせてドアから出ていった。
結構な時間彼女を拘束してしまったらしい、ギリギリな時間まで相手してくれたことに感謝と同時に申し訳なさを覚えたままキッチンで鍋に火をかける。

今日はいつものものは飲めないようだ、と自分の腕が少しでもよくなっていることを願った。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -