short | ナノ
the end




まさかアイスバーグさんを殺そうとした犯人がカク達だったなんて。これは悪い夢だろうか。そういえば、今日はできるだけ家から出るなって耳にタコができるほど言っていたっけ。こういう、ことだったんだ。


「カク」

「……あれほど、家から出るなと、言ったじゃろ」


いつも私が洗濯していた真っ白なキャップは、真っ黒な違うものになっていた。もう私が洗濯してあげていたキャップは被らないんだろうな。寂しい。
指から血を垂らしたカクが、一歩一歩近づいてくる。その血は、あっちで倒れていた職人さんたちの血?それとも、アイスバーグさんの血?冗談半分で笑ったら、どっちもじゃ。なんて乾いた笑顔で返された。そんな顔、見たことない。


「カク、ねぇ、カク、待って、お願い、聞いて」

「最期じゃ。言いたいことは言っておけ」


力が抜けて、座り込んでしまった私の肩を押される。押し倒されたような感じになった。最期に感じる温度が冷たい床なんて嫌だから、私に跨っているカクの首筋にしがみついた。浮いた背中をカクが支えてくれる。いつもの、いつも通りの動作。


「四年間、楽しかった」

「ワシもじゃ」

「本当に、カクが、最初で最後の人になったね」

「……そうじゃな」

「カクが、恋人で、よかった」

「………」

「カク、毎朝おはようって言ってくれてありがとう。転びそうになったとき、いつも助けてくれてありがとう。悲しいときも、楽しいときも一緒に居てくれてありがとう。たくさん、私とお話してくれてありがとう。たくさん抱きしめてくれてありがとう。幸せな日々を私にくれてありがとう」


涙が流れていたけど、気にせずに笑った。たぶんすごく不細工。その証拠に、カクがすごい変な顔をした。眉間に皺を寄せて、変な顔。カク、かっこいい顔が台無しだよ?


「そう、じゃな。台無しじゃな」

「うん、台無し。泣いちゃだめだよ、カク。私を殺すのは、正義なんだから」


カクの大きな目から涙が振ってきた。泣かないで。最期に見る大好きなカクの顔が泣き顔なんて、イヤだよ。


「カク、私と恋をしてくれて、ありがとう」


殺して、いいよ。

耳元で呟いた瞬間、ドン、と何かが当たったような気がした。胃から何かが湧き上がってきて、逆らわずに吐き出したら血だった。自分の胸から飛び出ているカクの手を見て、大好きなカクの手が汚れてしまったことがすごく悲しく思えた。力が入らない左手を動かして、自分の袖でカクの手についた血を拭おうとする。だめだ、全然、動かない。


「カク、あいして、……る」

「ワシもじゃ。……ワシも、愛とるっ……!!」


最期に、聞きたい言葉が聞けてよかった。
笑って、意識を手放した。





the end

(彼女が最期に指の血を拭ってくれたけど)
(彼女から指を引き抜いたとき、また血でよごれた)







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