short | ナノ
水底で息をする
海賊というレッテルが貼られているだけで、疎まれる。一般市民は、オヤジの生き様を見もしないやつらが、オヤジが死んだことに喜んでいる。ただ、オヤジが海賊ってだけで。
”白ひげ死す!街には喜びの声があふれる”
そんな腐った見出しが書かれている新聞を甲板に投げ捨て、踏みつける。足の裏で踏みにじってぐしゃぐしゃにしてやった。唾でも吐きかけてやろうかと思ったけどそれはさすがに女としてどうかと思ってやめておいた。でも、やっぱり、この喜んでいる顔が、腹がたつ。
「リノ、」
やめとけよい。マルコに腕を捕まれて止められる。私がしようとしてたことはバレバレだったらしい。マルコはぐしゃぐしゃになった新聞を拾いあげ、それを海に捨てた。新聞は瞬く間に水を吸って青い海に沈んでいった。
新聞が沈んでいった海を見つめていたら、急にマルコが後ろから抱きしめてきた。首筋に綺麗な色をしたマルコの髪の毛が見える。
「……っ」
「落ち着けよい。あんな紙屑に吐きかける唾がもったいねェだろい」
「……なに、それ。なんか、変態っぽい、よ」
自分の左肩にのっているマルコの髪に頬ずりする。最近は吸っていないのか、前ほどではないけど少し香るタバコの匂いにほっとする。
マルコは、生きていてくれた。
「……マル、コ」
「大丈夫だよい。………オヤジは、俺たちの中で、生きてる」
そう言ったマルコのほうが、私よりもずっと悲しい声をしていて、振り返って抱きしめ返した。
マルコが私の肩口を濡らして、私がマルコの胸元を濡らす。涙が、止まらなかった。
「オヤジっ……」
私がオヤジを呼んだのか、マルコがオヤジを呼んだのか、どっちか分からなかった。
水底で息をする
あなたがいなくなった世界は、こんなにも頼りなくて、悲しい。