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追憶



「そういえば、松陽先生は、秋が一番好きだったね」


凭れかかっている木からひらひらと紅葉した葉が落ちてくる。隣で寝ている銀時の頭に付いたそれをそっと取ってやりながら、思いついた言葉を口にした。銀時はぐっすりお昼寝中だから返事はないと分かっていても、口にしたかった。

思い出したくもない、忘れられないあの日から随分時が経った。それでも私や銀時、ヅラ、高杉の中では今でも膿んでしまった傷のようにあの日のことには触れられない。松陽先生と過ごした日常の話ならいくらでも話せるのに。
私達共通のタブーに触れようものなら、今のこの関係も、今まで戦ってきた理由も、松陽先生と過ごしてきた日々も、何もかもが壊れてしまいそうだった。私達はまだ、あの日から一歩も進めずにいる。


「覚えてるかな、銀時。銀時が塾に来て初めての秋、みんなで餅付きしたね。十五夜だって言ってお団子作って、私と銀時は餅には黄粉派か砂糖醤油派かで喧嘩して、二人だけでいっぱいススキ取りに行かされたよね。あ、ちなみに餅は砂糖醤油だよ。それは譲ってないからね」


たくさんのススキを抱えて帰ったら、松陽先生はありがとうって笑って、私達二人をいっぺんに抱きしめてくれた。すごく温かかったことと、お日様のいい香りがしたことが今でも頭から離れない。


「高杉はすんごい先生っ子だったよね。あいつ、授業聞いてたって言うより、先生見に塾来てたようなもんだったよね。ヅラはくそ真面目だったし、銀時は何考えてるかわかんないし。あ、授業中教室に入ってきた桜の花びらで文字作ってたよね。次の日来たら崩れてたって怒ってたやつ。ごめん、あれ私が崩しちゃったんだ。くしゃみしたら、飛んじゃった」


意外と思い出は次から次へと出てくる。今思い返すと、銀時に謝らなければならないことがたくさんあった。昔は何だかんだ喧嘩ばかりしていたけど、どこをどう間違って今の関係に落ち着いたのかは思い出せない。どのタイミングで、どんな言葉だったかも思い出せない。決して銀時への気持ちが足りないとか、そんな理由じゃない。断じて違う。ただ膨大な時間を共有しすぎて、その中に埋もれているだけだ。おかしいなぁと少し笑って、上を向く。

紅葉した葉の間から、秋特有の高い青空が見えた。やけに悲しくなって、私は泣いた。声は出せない。隣で銀時が寝ているから。
嗚咽が漏れそうになって、きつく唇を噛む。握った拳が震えている。爪が食い込んで痛かったけれど、お構いなしで手を握り締めた。


震える私の手に、大きな掌が重なった。


「銀、時」

「隣でンな泣いてりゃ、普通起きるわ」

慌てて涙を拭く。銀時の掌は、私の拳を一定のリズムで叩いている。親が子供を寝かしつけるときのような、優しい手つきで。震えるほど握り締めていた掌から自然と力が抜けいてく。


「・・・・・・餅は黄粉だろーが、バカヤロー」

「砂糖醤油だって」

「……そうやって、怒ったり、笑ったりしとけよ」


肩を抱かれて引き寄せられる。温かい。あの日、ススキを取って帰った日の松陽先生の温かさに似ていた。安心してまた泣きそうになったけど、きつく目を瞑って涙を堪える。無理やりでも笑顔を作った。多分、すごく不細工だろうけど。


「ありがとう」

「べっつにィ!慰めようとかそんなんじゃねーからな!」


追憶




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