間の悪い人


「あのへんにあるのが蠍座。さっきスマホで調べたから多分合ってる」
「ほー、じゃあ夏の大三角ってのはどれだ?」
「……さあ?そのへんの光ってる星を3つ繋げればいいんじゃない?」
「急に適当になったな……。そうしたら何角形でもできちまうだろ」
呆れたようにそう言ってやる。けれど名前はベランダの手すりに寄りかかりながら「いいじゃん、夏の六角形作ろうよ」って笑った。手に持っていた団扇を俺の顔へ向けてパタパタと扇ぎながら。


連日続いた熱帯夜も今夜はどうやらお休みのようで、先日までより少しばかり涼しい夜風が風呂上がりの湿った髪の毛をさらりと撫でていった。
2人で暮らすこの街は都会と言えるほど都会ではないが、だからといって田舎というわけでもない。夜になれば街灯の灯りが目立つけれど、それでも確かに星は見える。空を分断するみたいに少しだけ電線が視界を邪魔をするけれど、それが月を陰らせることはない。そして今日はよく晴れた日だった。遥か遠い夜空に星がよく見える。

プシュッと缶ビールを開ける音も大人になった今となっては夏の音。
団扇を小脇に挟んで名前が意気揚々とプルタブを開ける。が、すぐに小さい悲鳴。彼女はどうにも缶のプルタブを開けるのが下手くそで、いつも中身を少し飛び散らす。それを見て笑いながら「おいおい、大丈夫かよ」って声をかければ「だいじょばない」とビールが飛んで濡れてしまったらしい手を乾かそうとするみたいにぶんぶんと振った。

「ほら、乾杯しようぜ」
「うん。アッそうだ、ところでハル、イタリア語で乾杯ってなんて言うか知ってる?」
「いいや?知らねぇ」
すると名前は綺麗に微笑んだ。不意に嫌な予感がする。
「それでは皆々様ご唱和ください」
「は?」
手に持った缶を少し上へ掲げて名前は口を開いた。

「チンチーン!」
「っ、!?は、ああ?!」

途端、ガツーンとこっちの缶ビールに自分の缶ビールをぶつけると、彼女はそのまま勢いよく煽った。ゴク、ゴク、とビールを飲み込むたびに目の前で露わになった喉元が大きく動く。それが何回か続いた後「ぷはっー!」っと気持ちよさそうに缶から口を離して声をあげた。やめろお前そんなペースで飲んでたら吐くだろ。
「……って、いやいや待て待てなんだ今の」
「ハルも飲みなよ。ってか乾杯してから飲め。チンチンと言ってから飲め。チンチンと言え。言え、チンチンと」
「チ、チンチン……」
「よし」
満足そうにうなづく名前にカツンと缶をぶつけられる。目の座った蓮の勢いに押されて言ってしまったが今のセクハラじゃねぇのか。セクハラだろ。セクハラだよ。このご時世だぞ、俺以外にこんなことするなよマジで。……まあ、流石にしねぇか。割と外ではチキンでビビリだし。

…………とまあ、言いたいことは色々あるが、とりあえず飲む。
手に持った缶ビールを彼女に習って煽る。先程まで冷蔵庫で冷やしていたキンキンのビールが勢いよく喉へ流れ込んでくる。その喉越しに、堪らないなと強く思う。
例えこれから数分後には隣にいるめんどくさい酔っ払いの相手にすることになるのは確定だとしても、今この瞬間の快感は何者にも代え難い。

立ちっぱなしもなんだからと窓辺に腰を掛けると、すぐに名前が真似をして隣に座った。隣というかすぐそばゼロ距離。この暑い中だというのに俺と名前の腕がぴったりとくっついている。「あちーよ」と文句は言いつつ引き離しはしなかった。
「もう顔赤いな」
「うん、熱い」
名前が自分の顔や首筋をぺたぺたさわりながら呟く。デコから顔、首筋までもう暗がりでもわかるくらい赤かった。酒の周りが早い。彼女の頬にふれるとその熱がじんわりと掌に移っていく。缶ビールと一緒に持ってきていたミネラルウォーターを手渡すと、ありがとうと笑ってキャップを開けた。

座り込んだまま見上げた夜空には変わらず星が見えていて、少し離れたところに月がある。ぱたぱたと蓮が扇いだ団扇の風がこちらにも吹いていて、夜の熱が少しだけ緩和される。団扇で扇いでできた風は人工的な風だろうか。そうであるならこの風は彼女のお手製の風とも言えるかもしれない。なんて考えながら名前が作り出した風で涼んだりする。

「流れ星って見たことないんだよねぇ」
間延びした声で彼女が唐突にそう言った。腕が疲れたのか、左手で持っていた団扇を右手に持ち替えて、また緩いペースで仰ぎ出す。
「ハルはある?」
「あるぜ。ほら、海岸側から俺の実家に行く道って緩い坂になってるだろ」
「あー、あるある。あの、庭側からこう、横に行くところの、」
名前の手がなんとか、道の感じを表現しようと動く。知っている俺はなんとなくわかるけれど、多分そうじゃなかったらなにを表してるのかよくわからない手の動きに少し口許が緩む。
「そうそう、そこ。高校の時の帰りにそのへんで見たわ」
「へえ、ナントカ流星群とか?」
「だったのかもな、見たのは偶然だったんだけどよ」
いいねぇとつぶやいて、名前は最初の勢いはなんだったのかと思うくらいちびちびとビールを飲んでいる。多分彼女にはそれくらいのペースでいいのだ。
寄りかかってきた彼女を肩で支えながら、ポツポツと会話が続いていく。そのうち段々と返事のテンポが遅くなって、声音がふわふわとしていった。眠たそうだ。そっと顔を覗き込むと、目をつむってうつらうつらとしている様子が見えた。もう少ししたら部屋の中に戻るか、と考えながら夜空に目を戻した。
そのとき。

深い夜空の遠く向こうに一瞬、光の一線が流れていくのを見た。

ワンテンポ遅れて、それがなんだったのかを認識した。反射的にバッと横にいる名前の顔を見た、が、彼女は相変わらずうつらうつらと目を瞑ってしまっていた。つまり見ていなかったのだ。なんて間の悪い奴。思わず肩がガクリと落ちる。

「見た」と言って叩き起こすのは簡単だとして、きっと彼女は「それはよかったねえ」と言いながら内心残念がるだろうから俺は口を噤むことにした。
ただなんとなく残念なような、空しいような、悔しいような気持ちがしたので、腹いせに名前の頬をムギュッと強めに摘んだ。するとふにゃふにゃした声音で「いたい……」と呻いた。それで少しだけ溜飲が下がったので、まあ良しとするか。


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