そういうところだよ


暑苦しい熱帯夜に目を覚ました。暗闇に目が慣れる前の暗い視界のままでバタバタとベッドの上に手を這わせて隣を探るが探し物が、いや探し人は見つからない。彼女の気に入りのぬいぐるみが手の甲にぶつかってすっ飛んで行っただけ。

「あー……」
暑さとだるさに纏わり付かれた重たい体を無理やり起き上がらせて、壁に背中をつける。全然覚醒に至らない頭を右手でガリガリとかいた。
今何時だ?わかんねー、暗いから多分まだ夜。電気をつけても良かったがスイッチは遠いし、目が眩むだろうからやめておく。

つか、マジで名前どこ行った?夜中に起き出すってことは喉乾いて水飲みに行ったか、便所。だんだん夜闇に慣れてきた目でキッチンの方を見るが人の気配は無い。
つまり消去法で
「便所だ」
「違うこっちだバカ」
間髪入れずに返事が来た。
キッチンとは真反対のベランダの方から。
遮光カーテンの隙間から僅かに光が漏れている。夜のくせに街頭やら何やらの光でこのあたりは案外明るい。そのカーテンの向こう側に名前はいるらしい。あいつがベランダですることは洗濯物を干すか、煙草を吸うかのどっちかで、こんな夜中に洗濯物を干すわけないから消去法で煙草。またかよ。やめろって言ってもやめないのが俺の目下の悩み。

ベッドから立ち上がり、重たい体を引きずるみたいに歩く。その途中、足元に落ちてたパンツだけは拾って穿く。一応、親しき仲にも礼儀ありっつーか、マナーとして。そんなの今更だろって言われたらまあそうなんだけどよ。
今日だって呆れるくらい暑い夜だったってのに、わざわざ更に熱くなるような事をして、バカみたいに盛り上がってしまった。いや、後悔とかは一切してねーけど。むしろ、はい、すげーよかったです、はい。

カーテンをガッと開けてベランダを覗けば思ってた通りの彼女がいた。
ベランダの手すりに寄りかかって、咥え煙草。彼女には大き過ぎるTシャツを一枚着ただけの格好、って、それ俺のだよな。見つかんねーと思ってたら名前は人の服をワンピースみたいに着ていた。隠れきれてない太腿が見えたのでとりあえず拝んでおく。
「あー借りてますわ、Tシャツ」
「いいぜ、ってかそれよりお前、煙草」
名前の口元で赤い火がチラついた。燻る紫煙がゆらゆらと揺らぎながら空へ登っていく。一本だけだからと呟いて、名前はそっぽを向いた。吐き出された煙は白い。まるで真冬に吐いた息みたいな白。

ベランダに突っ立ったまま名前を見てたら、副流煙とかあるし、と暗に部屋に戻れと言われる。それから拒絶するみたいにフッと背中を向けられて、それにちょっとムカっとする。いやこっちを気遣ってんのはわかるけどよ、せっかく2人でいるのに1人にしろなんて寂しいことを言うなよな。

「名前」
「ん、えっ?あっ、」
背後から名前の手にある煙草を掠め取って、反対の手で腰を掴んでくるりと名前の体を反転させてこちらを向かせる。突然のことに驚いて、取られた煙草にばかり目がいっている彼女の緩く開いた口を噛み付くように俺ので塞いでやる。
えっ?って驚いたような吐息ごと食べてしまうみたいに深く深く口付けた。油断しっぱなしな口内に舌を入れて絡めてみれば、じわじわと俺の口の中にも苦いニコチンの味が広がった。まっず、なんでこんな不味いものをわざわざ吸うんだか。
ぐちゅぐちゅと温い舌を舐め上げるごとに不意に体温が混じり合っていく感覚に、起きる前までにやってた行為がまざまざと脳裏に蘇ってくる。やるか?第二ラウンドってやつ、悪くねーけど流石にキツイか、俺じゃなくて名前の方が。
歯列をなぞってその硬い感触を楽しんでから唇を離すと、びっくりした顔の名前が固まっていた。その口の端からはたらりと唾液が溢れている。どっちのものかはわかんねぇけどちょっとエロくていい。

俺はいつのまにか随分短くなっていた煙草を灰皿に押し付けて火を消す。一本だけって言ったのは名前だから、これで終わり。まだ苦さの残る口の中に僅かに顔をしかめたけど、びっくりして未だに固まったままの名前を見てたら溜飲は下がる。
ほら体冷えっから中入んぞって手を引いてやれば、惚けた顔でされるがまま部屋に戻る名前。
暗い部屋に足を踏み入れた名前はそのままずるずるとへたり込んで、蹲ったまま俺の脚をべちんと平手で叩いた。

「いて、なんだよ」
「なんだよって、こっちがなんなんだよぉ、バカ、さいてい」
「なんだよ怒んなって」
「おこってないし」
怒ってないのかよ、じゃあなんなんだよ。

よくわかんねーけど、はいはい俺が悪かった俺が悪かったっておざなりに謝って、名前を抱き上げてベッドまで連れてく。むやみにバタバタ暴れようとする名前をさっさとベッドに放って、転がった体にシーツを掛けて寝かしつける。俺もその横に寝転がってガシガシ頭を撫でると、うーうーと唸り声が聞こえる。

あー、これはあれか、照れてんのか。
そう思って「照れんなって」と声をかけたらまた平手で腕を叩かれた。だからなんなんだよ。

(2018.5.28)
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