お土産は原寸大しゃちほこでいいかね、と電話越しに聞いてくるばあちゃんを原寸大のをうちの屋根に乗っけたら陥没するからやめようやと説得した夜。
少しばかり季節外れの心霊番組がテレビをにぎわせていた。
ドロドロとした音楽と全体的に暗い画面が妙に背筋を這う。
ばあちゃんと電話をしつつ遠目で見ている私ですら思わずビクつくというのに、テレビの真ん前を占拠している宗谷が怯えないどころか眉一つ動かさないのはなぜだろうか。
怖すぎて動けないのか、大して怖くないから動かないのか。多分後者だろうな。

「それじゃあもう少ししたら帰るからねえ」
「はいよ、名古屋旅行楽しんできてね」
おやすみなさーいと挨拶しあって電話を切る。
時計はすでに夜の9時を回った。
ちらと宗谷のほうを見やると、いつの間にか台所から酒瓶を数本抱えてテレビの前に戻ってきていた。

「……宗谷さん、今日も飲むんすか?」
「だめ?」
「いやだめじゃないけどね」
速攻で酔いつぶれるあなたを二階の布団までおぶっていくのは私なんですよね。

最近宗谷はばかのひとつ覚えのように酒を飲む。ストレスだろうか。アル中にでもなったら困るのだが、私も酒好きなので酒飲み仲間が増えるのはいいことだと甘くなってしまう。

「ってあああああ!私の花蝶木虫に触るんじゃねぇ!」
ネット通販でやっと手に入れたやつなのに!
遠慮なく開けようとする天然男の頭をひっぱたく。

痛い…などとつぶやく宗谷を無視して花蝶木虫の瓶を奪い返す。まったく。

「どーしたんですか宗谷さん。最近よく飲むけどなにかあった?」
そう言って眼鏡の奥の瞳を覗き込むと、わずかに動揺したように動いた。
「別に、なんでもない」
普段から嘘をつき慣れていないらしい宗谷は非常にわかりやすかった。
わかりやすかったが、そこまで追求してやろうという気は起きなかったので、ああそうかい、と返してグラスに酒をついだ。

キャーという女性タレントの甲高い悲鳴がテレビから上がって響く。
恐怖映像よりそちらに驚いてビクリと肩が揺れる。
2人しかいないこの家はテレビの音がやかましいほど静かだ。
2人が暮らす音は聞こえるけれども、案外私たちの会話は少ない。
その事実を思い出すたびに思うのだ。
言わなくても伝わっているという空想が、大切なものを失わせているのではないかと。

昨日の会長との会話を思い返す。
「宗谷」
彼は無言でこちらを見た。
テレビの中ではヤラセくさい映像が画面を賑わせている。

ついぞ誰にも伝えることは無かったが、私の苦悩を詰め込んだあの物語は、私の唯一の幼馴染に送ったものなんだ。

「私の小説、どうだった?」
宗谷は少し驚いた顔をした。
どうして宗谷が本を読んでることを知ってるのかわからないらしくて、ちょっと笑えた。
宗谷は普段が無表情なぶん、変化した顔が面白い。
珍しく照れたみたいな顔をした宗谷の薄い唇が開いて、内心ドキドキしながら期待した。

「ぐじゃぐじゃでびっくりした」

だ、そうだ。
どうやら宗谷さんは言語中枢が発達していないようなので、その辺に転がっている瓶で殴りつければもうちょっとまともな会話が期待できるかもしれない。
なんか天才みたいなこといいやがってこのやろう。
なにか将棋の神様だ、私が崇める神様は志賀直哉だけだ。

私の期待値が一気に下がったのに、流石に気がついた宗谷はフォローするみたいに付け足した。
「名前がこんな事は考えてるんだって、初めて知ったから」
だからびっくりしたの。
名前はあんまりそういうこと言わないから。
わかってるつもりだったけどわかんないのかなって。

酒のせいか天変地異が起こりそうなほどよく喋るそいつに、私はなんて言えばいいかわからず見ていた。
そうか、言葉にしなきゃ伝わんないよなあ。

酒か、珍しくおしゃべりしたせいか、いつしか真っ赤な頬になっていた宗谷は突然ぐてりと崩れ落ちて、私の膝の上に頭を置いた。
そのまま寝てしまうだろうなという私の予想を裏切って、そいつはもごもごと口を動かした。
「好きだよ、名前の本」
それっきりそいつは寝息を立てて、すっかり夢の世界に旅立ってしまった。

私は宗谷を起こさないようにテレビを消して、彼のさらさらとした髪を撫でる。

その言葉で十分だと思った。

その言葉で明日なにかが劇的に変わるわけではないとしても、
きっと今日より前に進める気がした。

くうくう、と眠りにつく宗谷を見て、ありがとう、と言葉にしようとして、やめた。
それは彼が起きている時に目の前で言葉にするべきだと思ったからだ。
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