「それじゃあ冬司の世話は任せるわぁ」
「……世話ってばあちゃん、宗谷もう40近いぜ?」
宗谷のばあちゃんは一週間ほど老人会の仲間たちと名古屋旅行に行くらしい。
普段の疲れをゆっくり癒してきて欲しいものだ。とプー太郎は思ったのだった。
何故か宗谷のことを任された私は、ばあちゃんを駅まで送り届けて後ろ姿を見送る。
宗谷の世話ってつまり食事や家事をすればいいのだろうか。
将棋以外はなんにもできないしなあ、あいつ。
はやく嫁貰えよ、顔はいいんだから。誰かいい人、騙されてくれないかね。



昼飯の焼きうどんを将棋盤と向かい合う宗谷の傍に置いておく。
気がついたら食べるだろう、と結論づけて私は私の仕事をするために居間のテーブルに腰を掛ける。
パソコン開いてワープロ開いて、……………………手が止まった。
もうずいぶん長い間書けなくなってしまっている。
スランプ脱出のためにわざわざ雑誌の連載をもらったのに。

宗谷は将棋しかできないと言ったが、彼は棋士なのだから将棋ができれば十分だ。
私は小説家なのに小説が書けない。書けなくなってしまった。
私から小説を引いたら一体何が残るというのだろうか。
もともと何も持っていない人間が何かを残そうとして物語を作り上げた。
その何かさえも失ってしまったのなら。

自機になってパソコンを腕で押しやりテーブルの上に突っ伏する。
ぐるぐるぐるぐる思考が堕ちていく。
頭と体が同じ方向を向いていない。
重たい石を抱えながら海上を目指して浮上するようだ。

書かねばならないという義務感とそれに対する疑問とがぶつかり合う。
私は何が書きたくて小説を書いてるんだっけ。
迷子になって、どこに行けばいいのかもわからなくなってしまった。
私は、私は、私は……、私は、…………。

先の見えない不安と焦りに追い立てられて、逃げ場のない心が潰されていく。
気がつかないうちに涙が目のふちを歪ませる。
突っ伏したまま見た窓辺からは予報通りの雨が降り出していた。
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