真赤な愛が見えるでしょう



個性っていうのは案外簡単に人を殺すことができる。結局はその個性をどう使うかなのだ。火を操る個性の持ち主はその能力で人を焼き殺せるけど、火事現場では火を操って救助が出来る。
「うーむ、しかしなぁ……」

どんなに考えても、私の能力は人を殺すことしかできない気がするのだ。
私の能力は簡単に言えば"破壊"。
世の中に存在する全て物体には「目」と呼ばれる最も緊張している部分があって、そこを攻撃されると物体は簡単に壊れてしまう。
私はその「目」と呼ばれる部分を見ることができる目を持っているのだ。
その『目』は指で突けば簡単にすべてを破壊出来てしまう。高層ビルであろうが、1トンの鉄塊であろうが、人間であろうが。
個性が発現して以来10年ほど色々考えてみたがやっぱり私は何かを壊すことしかできない気がする。
しかも能力の加減ができないから、「目」を突いたらそれだけで壊してしまう。半壊で終わらせる、ということができないのだ。まったく、強すぎる力はいっそ罪。最強とは孤独なものよ。

そんなことを考えながらバーのお客さん用のソファの上でゴロゴロと転がりながらうーむ、と唸る。バーテンダーである黒霧が迷惑そうにこっちを見ているが名前にとっては知ったことか、という感じだった。これは私の人生に関わることなのだ。バーの売り上げなど知ったことか。
「いっそヒーローにでもなるというのはどうだろうかなー……」
ポツリと独り言をつぶやく。すると黒霧が呆れたような声を出した。
「なにいってるんですか。貴女、敵連合の幹部でしょう……」
その通りであった。
名前は幼少期にその強すぎる能力を持て余した両親に捨てられたが、その後逆にこの能力を買われて死柄木に拾われた。そして彼の補佐として働き、反ヒーロー組織の肥大化に尽力を尽くしてきたのだ。

ここに来てまさかの裏切りだろうか。黒霧はそんなことを思い戦慄した。
名前は確かに頭が良い子ではない。だが、その個性は単純であるがゆえに強力。味方であれば心強い仲間であるが、敵にだけは絶対にまわしたくない能力だ。
煙のような姿であるために実体を掴まれたことが殆ど無い黒霧だが、忘れもしない。初めて名前に会ったときのことを。当時の名前の幼く純朴な声で「へー、あなたの『目』ってそこにあるんだ」と言われた時の恐怖を。
この少女は気分次第で自分を簡単に殺せるのだと。
そのときの恐怖を思い出して彼はその実体の掴めない体をぞくりと震わせる。

「……駄目ですよ。死柄木が許すわけがないでしょう」
「えー、あー、そっかー。それじゃダメだなー」
だからこそ彼女の制止力である死柄木の名前を出した。名前は幼少期に拾われて以降、死柄木を親のように慕い、愛し、彼のためだけにその能力を行使してきた。
「でもさー、私って今までしーちゃんに言われたことばっかりしてきたじゃん?それって良くないと思うんだよね。敷かれたレールに沿って生きるとかってやつ?やっぱり自分の人生、自分で生きなきゃだしさー」
その言葉に黒霧は愕然とした。まさか絶対的だと思っていた制止力の効果が無くなる日が来るなんて。
今まで名前が口にしてきたワガママの大半は「死柄木が許さない」という言葉でなんとかなってきていた。それなのにこんなことは初めてだ。まさかあのしーちゃん大好き人間の名前が死柄木に反抗する日が来るなんて。
(ちなみに死柄木のことをしーちゃんなどと呼んでいるのは名前だけだ。そもそもそんなふうにフランクに呼べるのは名前ぐらいしかいない。)

黒霧は恐る恐るとカウンターの向こうの席で座る死柄木を見やった。
そう、死柄木はすぐそこに居た。今までの会話ももちろん聞いていた。無数の手で体や顔が覆われ、その表情は読み取れないが、だからこそ恐ろしい。彼もまた人を殺すことに特化した能力を持っている。
死柄木はその不気味な瞳で名前をじっと見た後、黒霧のほうに目を向けた。そんな死柄木の様子に、黒霧にも緊張が走る。
「困ったな……ついにそんな日が来たのか」
死柄木の言葉に黒霧は動揺する。我らが組織のトップの頭が切れることは重々承知していたが、右腕とも呼べる少女の裏切りまでも予測していたとでもいうのか。

「……反抗期が」

「………………えっ?」
ガッシャン、と思わず手に持っていたグラスを落としてしまう。
待て、この人今なんて言った。
「えっ?死柄木、今、なんて?反抗期って?」
彼は至極真面目にうなづくと、何処からか分厚い本、『シングルファザーのための娘の育て方』という本を取り出した。ぱらぱらとページを捲ると死柄木はあるページを黒霧に見せた。ページの上部にデカデカと『女の子の反抗期』と書かれている。
『反抗期は誰もが通る道ですが、ここで娘さんとどう向き合うかがとても大切です』
『素直になれず、父親と距離を取ろうとすることか多いですが、決して無理に距離を縮めようとしてはいけません』
『非行に走りやすいのもこの時期です。仕事が忙しくてもよく娘さんを見守ってあげましょう』

ヨレヨレになったページの様子から死柄木がこのページを読み込んだのは想像に難くない。
「大丈夫。お父さんのパンツ汚いから一緒に洗わないで、という言葉は10年前から覚悟していたからね」
なにが大丈夫なのか。というか覚悟完了早過ぎだろう。10年前とか名前5歳ぐらいじゃないのか。
思わずソファの上の名前の様子を見やるが、彼女はこちらの苦労も知らずに脳無と戯れている。恐らくこちらの話は塵ほども耳に入っていないだろう。

「……あの、名前がヒーローになりたいって言ってますけど、どうするんですか」
名前が反抗期だろうが、死柄木のパンツを一緒に洗いたがらなろうが黒霧にはぶっちゃけどうでもいい。
だが、志を共にした組織の一大事だ。くだらないと一蹴することはできない。
真剣な目で死柄木の言葉を待つ。すると。
「名前」
「んー?どーしたのー?しーちゃん」
「おまえ、雄英に入らないか」
「え」
ポカンと口を開いたのは名前だけではなかった。予想外の言葉に黒霧も唖然とする。
雄英といえば何人もの有名ヒーローを送り出した日本一とも呼べるヒーロー育成校、雄英高校のことだろう。
言葉通りに受け取れば、死柄木は名前がヒーローになることを許したということではないか。
まさか、死柄木は溺愛している名前のためになら組織への裏切りすら許すとでもいうのか……!

驚きのあまり動けなくなる黒霧。
だが一方の名前は少し考え込んだあと、にぱーっと笑った。
「なーんだ、そういうことかー」
「そういうことだよ」
「どういうことですか……」
ニコニコと笑う名前とそれを穏やかな目で見つめる死柄木。2人だけでわかったような顔をしないで欲しい。蚊帳の外なのは自分だけではないか。黒霧は説明を求めて2人の顔を交互に見た。
名前はその様子を見て、うふふと楽しそうに笑い、そんないじけた顔しないでよー、と言った。いじけてないし、そもそも目しかないような黒霧の顔の何処を見ていじけてると言っているのか。

「しーちゃんはさ、つまり私に内部潜入してほしいって言ってるんだよ」
「内部潜入?」
「言わばスパイだね!」
そう言うと名前は映画のスパイの真似事なのか、人差し指を突き出して手で拳銃を作ると脳無に向かってばぁん、と銃弾を放つふりをした。
「そういうことだ。敵組織の俺たちにとって雄英は目の上の瘤。だからこそより多くの情報が必要だ」

ヒーロー共を嬲り殺しにするためにな。

さっきまでの子煩悩な死柄木ではなく、連合のトップとしての死柄木がそう言った。
「雄英で教鞭を取るヒーローの中にはマスコミへの露出を避ける者も多いから、外からの情報収集では限界があるだろうね。でも、一旦生徒として入ってしまえば警戒を一気に薄れる。それどころが庇護するべき対象として認識されるよ。そうすれば口も軽くなるし、隙も増えるだろうね」
それに名前の能力があれば、ヒーローの一人や二人、簡単に始末出来る。
そのチャンスがなくとも、雄英を利用して名前が自分の能力をよりコントロールできるよう学べれば、それだけで十分に利用価値もある。

死柄木は悪人らしくにたりと目を歪ませた。
確かに名前は今14歳。来年の雄英の試験を受けることが出来る年齢だ。そして本格的な連合の活動も来年を予定している。もしや死柄木はそこまで考えていたのだろうか。

ぴょんと飛び跳ねながらこちらへやってきた名前は死柄木の背中に抱きついて「私がんばっちゃうよー!」と拳を真上に上げた。
黒霧の考えはすべて杞憂だったのだ。
名前は組織や死柄木を裏切るつもりなど到底無いし、死柄木も平和ボケして子煩悩になどなっていなかったのだ。
ほっと胸を撫で下ろし黒霧は笑いながら言った。

「雄英の倍率は300倍ですけれども、名前ならきっと大丈夫なのでしょうね」
「えっ」
「えっ」

目しか見えないが確かに死柄木は驚いた様子をしていた。
「えっ、倍率300倍もあるの?」
「えっ、知らないんですか」
「倍率高すぎない?」
「あと学科試験もありますけど大丈夫ですか?」
「えっ」
「偏差値73ですよ」
「えっ」

名前は反社会組織に属しているだけあってまともに中学にも通っていない。経歴は偽造できるとしても、学力までは偽造できない。
「名前、勉強できる?」
「九九なら完璧だよー」
「……黒霧」
「はい」
「受験日はいつだ?」
「毎年の傾向から言うと1月の前半ですね」
「これから一年、みっちり勉強すればなんとか……なる……か、な……」
果たしてなるのだろうか。
黒霧の安心は一瞬で不安に変わった。
不幸中の幸いは名前が個性の扱いにはそれなりに慣れているため、実技試験には問題ないことだろうか。

ぽやぽやと能天気に笑う名前はこちらの苦労も知らずに脳無と組み体操のサボテンをしている。

大丈夫なのだろうか。ほんとに。試験もそうだけど。万が一試験受かってもこの子大丈夫?ちゃんとスパイできる?うっかり口滑らせたりしない?
キリキリと痛みだす胃を抱えて黒霧はため息をついた。
ちらりと見た死柄木からは魂が抜けている。燃え尽きちまったよ、灰のようにな。いや、この人は灰にする側の人なんですけどね。

スタートラインに立ったばかりの彼らはまだ知らない。
一年後、無事に雄英に受かった名前を見て我が子の事のように泣いて喜ぶことになることを。

(2015.3.10)
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