明るいところで待ち合わせ



私の家には奇妙な同居人がいる。
その同居人曰く、彼は悪い人なのだそうだ。

「少し前にラジオ塔が占拠される事件があったでしょう?」
「へえ、そんなことがあったんですか」
「……あなた、知らないのですか」
「世俗には疎いもので……」

調子を崩された彼は咳払いを一つして「それの首謀者が私なのです」と堂々といった。あまりにも堂々とした声であったから私は思わず、おお〜と歓声を上げて拍手をしてしまった。

「なるほど、悪い人ですね」
「そのとおりです。恐れおののきなさい」
ハハー、と葵の印籠を見た悪人のように私は頭を下げた。一体どっちが悪人だが。
そんな私の冗談にも嬉しそうにふふんと笑ったこの人はアポロという名前だそうだ。

自分で言うのもアレだが、私の家は狭い。そして私はそんな小さなアパートで息を潜めるように暮らしていた。
私の世界は私の家だけで完結しており、長らく外から大きな変化がやってくることは無かった。そんな平穏で波風のない毎日に、ぽちゃんと落下してきた小石が彼、アポロだった。

私は1日の大半を家にある唯一の椅子であるロッキングチェアで過ごしている。なにをするわけでもなく、揺れる椅子に座って音楽を聴いているだけの毎日だ。まるで高等遊民のようではないか。世界中の社畜が私にひれ伏すぞ。

「まるでダメ人間の生活ですね」
アポロはそう言う。
「最後に家を出たのは?」
「覚えてないですねぇ」
「買い物はどうしているんです?」
「配達してもらってます」
「調理はしてるんですか?」
「レンジでチン」
「ちゃんと風呂に入ってるんでしょうね?」
「うーん、どうだったかなぁ」

まったく、と私の答えにアポロはため息をついた。
「私が来るまでどう暮らしていたんですが貴女」
「人間なんだかんだで生きていけるものですよ」
それは経験上の事実だった。人は適応する生き物だ。たとえ足が無かろうと腕が無かろうと生きていける。
「だから、たとえ盲人でも案外1人で生きていけるものなんですよ」
私は笑って、一度も顔を見たことのない彼に笑いかけた。

物心ついたころにはもう目には視力が無かった。
それから様々な不幸や偶然や奇跡が重なって、やがて私は小さな田舎町に流れ着いた。文字通り手探りで日々を過ごし、ようやくそれらしい生活を手に入れた頃。彼がやってきた。

私はアポロが私が盲人であることを利用してここにいることも知っている。
私はどう頑張っても彼の顔を知ることはできないし、不要であるから電話もポケベルも無い。それに私は家に出ることもないから、誰かに助けを求めることもできない。
彼はそれらを調べたうえでここを一時的な止り木にしている。犯罪者であるアポロにとってここは都合の良い隠れ宿なのだ。それがわからないほど馬鹿ではないつもりだ。

「好きなだけここにいていいですからね」
人と話をするのは楽しい。彼が来てくれてそんなことを知った。
寂しいとは思わなくもないが、窓から流れてくる風を惜しむ人がいるだろうか。彼は喋る風で、料理を作ってくれる風だ。正直非常に助かっている。
私は彼を利用しているし、彼は私を利用している。その程度の関係で十分だ。

「ええ、好きなだけここにいますよ」
アポロはそう言った。
彼がやってきて私の部屋には椅子が一つ増えた。それだけだ。

(2015.3.7)
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