oblivious



「恋愛相談?私に?」
「そ。お前に」
4時間目の終りを告げるチャイムと共に、私の席にやってきたのは荒北だった。
分厚い資料集を机の中に押し入れる私を前に荒北は「好きな子いっから相談に乗ってェ」と、返事も聞かずに私の前の席にどっしりと座った。

「名前ちゃーん!ご飯行こー!」
「わりぃけど苗字は今日俺と飯食うからァ」
いつも一緒にご飯を食べている友人たちからの誘いも勝手に断られる。
そのせいで友人はわかりやすく「わぁお!」と嬉しそうな声を上げた後ごゆっくりー!と喚いて食堂に走っていった。

「ちょっとー、誤解されてんですけどー」
「別にいいだろ」
「良くないんですけどー」
プリンあげっから許してヨ、と手渡されたのは抹茶プリンだった。
完全に好みを把握されている。

「し、しかたないなぁ〜!まあったく荒北は〜!」
「そんな嬉しそうな顔されたら抹茶プリンも冥利に尽きるネ」
「それはそれとして荒北さん。本日はどうなさいまして?」
「んーあーね、けっこう前から好きな子がいんだけどォ、いろいろあって告白しづらいんだよネ」
「ほうほう、そんな荒北殿にはこんな二つの漢字を送りましょう」
私はメロンパンを頬張る荒北をまっすぐ見つめて真剣そうな声で言った。

「『整』と『形』です」
「せいとけい?……ん?せい……けい……せいけい…………ハッ!」
荒北が何かに気がついたような顔をした瞬間、私は彼に即頭部をぶん殴られていた。
「うるせェよ!そんなことで悩んでんじゃねェよ!ブン殴るぞ!」
「もう殴ってる!もう殴ってるよきみィ!」
加減されているのかもしれないがそれでも彼のパンチは痛かった。
にしてもこんな小粋なジョークに本気にならなくてもいいじゃないか。
「顔じゃないなら何が問題なんですか〜?」
未だにビリビリと痛む頭を押さえつつ尋ねる。
うるせェ顔とか言うなと喚いた後、荒北はそっぽを向きながらぽつぽつ話し出した。

「少女漫画とかでよくあんじゃん?なんかァ、親友の好きな人、好きになっちゃったとかァ」
「へえ、少女漫画とか読むんだ」
「や、少女漫画は妹たちが読んでっから……ってかそこじゃねェだろ!話聞けよ!」
「君にもちゃんと親友がいるようで安心したよ」
「そこでもねーよ!」
なんだよお前俺の話聞く気ねーだろォ、と荒北がついには机に突っ伏してしまう。
打てば鳴るようにいいツッコミが返ってくるのでついつい遊びすぎてしまった。反省反省。

「ごめんごめんご。なんだっけ?泥沼三角関係だっけ?」
「まだそこまで行ってねェし」
突っ伏していた荒北が目線分だけ顔を上げる。
「なんつーかさそいつ、傍から見た俺でも、ああすげえ好きなんだなってわかるぐらい純情でプラトニックなんだよ」
むしろこっちが応援したくなるぐらい、と荒北はその親友のことを評した。
どうやら彼は私が思っていたより困難な恋に目覚めてしまったらしい。
「うわぁ……私じゃアドバイスできる気がしないよ……」
「わあーってンよそんぐらい、わかったうえで相談してンだからァ」

そう前置きした上で問いかけられた。
「もしおめーが俺の立場だったらどうする」

「普通に考えたら、身を引くのが一番いいんだろうね。だけど、」
荒北は何も言わずに目で続きを促した。
「けど、もし私だったら……もし、本気でその好きな人と一生をかけて添い遂げたいって思うなら」
「思うなら?」
「本気で、その友達と向き合うかな。罵り合いになっても、殴り合いになっても」
「真っ正面からぶつかりあうねェ」
顔を上げた荒北は頬杖をついてニヤニヤと嬉しそうに笑った。
「おれ、そーゆうの大好きィ。つーかお前、すげえ似てンよ」
「ん?誰と?荒北と?」
「いんや。例の親友に。ま、正確には親友つーか恩人ってのが近いんだけどネェ」
そう言うと荒北は嬉しそうに楽しそうに声を上げて笑った。
「そういう真っ向勝負ーとか、当たって砕けろーとかすげえ似てる」
けらけら笑う彼にとってその言葉は最大レベルの褒め言葉なのかもしれない。
そんなふうに彼を見て思った。
思ったが。

「私、そういうの好きくない」
むっと眉を寄せて私は言った。
「アア?」
「なんかそういう誰彼と似てるーっていうの、好きくない」
彼はきょとんとした。その顔にはちょっと愛嬌があって可愛らしく見えた。
この話に関しては私の持論というか好き嫌いの問題だから、彼には全く落ち度なんてないのだ。だから慌てて荒北は悪くないことを説明した上で私は伝えた。
「私はその、なんか、誰かに似てるって言われるの嬉しくないのです。なぜなら私はI'm only one.私は世界でただひとりでヴェルターズオリジナル。世界は私の一部であり私の延長線上に世界はあるからなのです。Are you OK?」
「日本語でOK」
耐え切れなくなった荒北が天井を仰いで笑った。

「ホーント、そういう変な信条あるとことかマジで似てる」
「ちょっとオイコラ」
言ったそばからこれだ。こいつがモテない理由はやはりこれだな。
やっぱり付き合うとしたら荒北ではなくもっと質実剛健というか、もっとやさしく受け止めてくれるような男性がいい。
うーむ、例えば……、

「あ、福富くんだ」
ふと廊下を見ると、新開くんと並んで歩く福富くんが見えた。
目があったのでひらひらと手を振ると、福富くんはピシリと固まったみたいに直立してコチコチとメトロノームみたいに肘を微動だにしないまま手を振り返してくれた。
そのぎこちなさに思わず吹き出す。
「あいかわらず面白いね、福富くん」
「あん?そういやおめーなんで福ちゃんと知り合いなんだよ」
クラス一緒だったことねーだろ、と荒北は訝しげにこちらを見てきた。
確かに同じクラスだったことは一度もない。
だが福富くんとは学校の男子の中では仲がいいほうだ(と少なくとも私はそう思っている。)

「1年の時さ、園芸委員で一緒だったんだよ。ジャンケンで一緒に負けて夏休み中毎日一緒にひまわりに水やりしてた」
広い中庭にあるたくさんのひまわりの花壇。
視界の端にひょこひょこ動くひまわりがあると思ったら福富くんの頭だったこともある。
楽しかったなあと思い返して呟きながら、ペリペリと抹茶プリンの蓋を開ける。
廊下では新開くんに肘でつつかれたり何か言われたりして顔を赤らめてじゃれあう福富くんが見えて、なんとなく癒される。
「アイツ鉄仮面だろォ。会話とか、続いたのかよ」
「もちよ。毎日秘蔵のにゃんこ画像見せ合いっこしてた」
彼はガタイはいいけど案外可愛い物好きなのだ。もしかしたら甘いものとかも好きなのかもしれない。
福富くんと新開くんはやがて廊下を歩いてどこかへ行ってしまった。
でも福富くんは去り際にこちらをちらりと見て小さく照れたように手を振ってくれた。

なんとなく彼らが去った廊下をぼんやり眺める。
「名前チャン」
呼ばれて荒北の方を見ると、彼もまたぼんやり廊下を見つめていた。
案外鼻筋の通った横顔だ。
「福ちゃんはさ、お前が抹茶プリン好きなこと、知らねェよ」
そんなことをぼそりと言った。
その言葉がなんとなく耳に残る。
「……あたりまえじゃん。同じクラスだったことないし」
濃密だったあの1ヶ月を思い出す。
キラキラと光っていたのは太陽とひまわりだけじゃなかった。
湿度の高い暑さが嫌いで、それでも水やりは一度もサボらなかった。
その後部活で忙しくなった福富くんは委員会に入らなくなったらしい。
私は結局3年間ずっと園芸委員だった。
私は何を待っていたのだろうか。

ぼんやりとした思考を遮るように予鈴が鳴った。
ざわざわとした喧騒が耳に飛び込んできて、あわてて抹茶プリンを口の中にかき込む。
「荒北、時間ヤバイよ。次の授業なんだっけ」
声をかけるけど荒北は頬杖をついてぼんやりしたままだ。
「おーい。あーらきーたさーん?」
「……俺は知ってるケドォ?」
「え?なにが?」
すぐさっきまでそっぽを向いていた荒北は、いつの間にか私の目をしっかりと見ていた。
「俺はおめーが抹茶プリン好きなの知ってるヨ」
「……あたりまえじゃん。同じクラスなんだから」
なんとなく荒北の様子が変だと思った。
なにが、とはうまく言えないが。
何か言わなくちゃ、と思って大して詰まってない頭で言葉を探した。
でも間に合わなくて。

「ハッ。だよなァ」
荒北はそう静かに笑って、私の頭を軽く叩くと「次現社だヨ」といって席に戻っていった。
結局かける言葉も見つからないまま、私は彼の背中を見送った。
(そういえば私たちは一体何の話をしてたんだっけか)
私はそれをすぐには思い出せなかった。

鮮やかに脳裏に残っていたのは遠い日の真夏の輝く黄色だけだった。

(2014.12.16)
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