まいにちごはん



昨晩デカイ図体が占拠していた隣の布団は、私が起きた時には空っぽになっていた。
そっと触れてみるとひんやり冷たい。どうやら布団の主が出ていったのは随分前のことらしい。
ちらりと壁の時計を見ると、A.M.6:34。
二度寝するには目が覚めすぎた。
布団の温かさに後ろ髪引かれるが、よいしょっと覚悟を決めて毛布から這い出る。
氷上みたいなフローリングが裸足に辛い。

寝る前にセットしておいた炊飯器がきちんと作動していることを確認してから、冷蔵庫を漁る。
納豆、卵、たくあん、味噌。
昨日の残りのチンジャオロースと、パックに入った黒豆も確認。
解凍しておいた鮭の切り身を2人分、取り出してクッキングペーパーを敷いた加熱板に乗っける。
それじゃあ焼くか、というところで電子レンジのオーブン機能で予熱するのを忘れていたことに気がつく。
慌てて予熱をセット。それを待つ間に卵焼きを焼いてしまうことにした。

2人ともどちらかと言うと甘いほうが好きなので砂糖を気持ち多めに加える。
甘さを足すけど、焦がさないように。それでいてあいつが満足する美味しさを。
微妙な匙加減は経験で身につけた。
あいつより私の方がよっぽどあいつの好みを知ってるに違いない。まったくなんて恥ずかしい。
解いた卵に醤油を足して、さらにかき混ぜる。
熱したフライパンに大胆かつ繊細に卵を流し込む。
じゅわあ。かしゃかしゃ。くるくる。じりじり。ふふん、卵焼きなど手慣れたものだ。

ピピーと準備を終えたレンジが自己主張する。
よっこらせっと、レンジの中に2人分の鮭を突っ込めばあとは待つだけ。
完成した卵焼きを皿に移し替えて、隣にちょこんと大根おろしの山を作る。

さてと次は味噌汁。
手際良く作って、味噌を投入。したところで、玄関のあたりからガタガタと物音がした。「今帰った」
靴を脱ぐ音。ジャージが擦れる音。きちんと手を洗う音。それから、私に挨拶する声。「ようやく起きたのか」「土曜の朝にして早過ぎるぐらいだよ」
味噌汁の味見をする。
「若利、何時に起きたの」「5時ぐらいだな、半には走り出した」「はえー、おじいちゃんか、健康的なおじいちゃんか」
今はだいたい7時半ぐらい。
時計をチラ見したところで、いい香りのするレンジから再びの機械音。
焼き加減を確認。よし、いい感じだ。
「味噌汁の味、こんぐらいでいい?」
ランニングで汗のついたジャージから着替えた若利がキッチンに進撃してくる。
おたまで味噌汁を少し掬ってふーっと吐息で冷まして差し出すと、若利は私の手ごとおたまを掴んでそれを飲んだ。「ん、いい」「おっけ、じゃあテーブル拭いて」「わかった」

ラグの上のローテーブルを布巾で拭いてもらい、その上に出来上がった料理を並べる。
休日は時間に余裕があるから、普段の朝より豪華な朝食だ。
焼き鮭、納豆、チンジャオロース、卵焼き、黒豆、たくあん。
若利の前には大盛りのご飯。私はちょっと少なめだ。
テンポの違う「いただきます」が静かな朝に響く。

「ん、そういや今日部活は?」
「休みだ」
「あら珍しい」
「授業の無い休日のうちに体育館の照明の点検をしたいそうだ」
「どんまいだね」
「たまには休養も必要だ」
「あ、卵焼きおいしい?」
あざやかな黄色に箸を伸ばした若利にそう聞くと、もぐもぐと口を動かした彼がごっくんと飲み込んで。「悪くない」
よし。内心ガッツポーズ。上から目線はいつものことだ。むしろいつも通りの褒め言葉が嬉しい。

「今日買い物行きたいです」
「ついていこう」
「助かる、荷物係さん」
豆腐とわかめの味噌汁をずずっと啜った若利。彼はいっぱい食べるので作る側としても腕が鳴る。それに文句一つなく食べる姿は見ていて爽快だ。

「……そういえば」
と、彼が切り出したので鮭をつついていた顔をあげて彼を見る。
「駅前に新しい店が出来たらしい、な」
「あー、なんかホットケーキの店だっけ。 何で知ってんの?」
「……クラスの女子が話していた」
「ほーう」
あの牛島君がクラスの女の子の会話に聞き耳を立てていたのかー。堅物な君もお年頃ってやつ?意外とそういうことに興味持っちゃう系?
煽ってみると可愛らしくも彼は目線を逸らし、口元を手で隠しながら顔を赤らめていた。
「別に、たまたま聞こえただけだ」
「ふーん、へー、ほー」
「その顔をやめろ」
キッと睨みつけてくるが赤い耳のせいで全然怖くないむしろカワイイ。

「それがどうしたの」
クスクス笑ってしまうのはご愛嬌。
けどさすがに彼が拗ねはじめる前に話を進めてやる。

「……女子はそういうのが好きなのだろう」
「あー、まあそうなんじゃないかな」
「? お前は違うのか?」
「え」
「……お前が行きたいのであれば連れて行ってやることもやぶさかではない……と考えていた」

ぽかーん、としたのは一瞬。
「いやいやいやいや、超好き。ホットケーキ超好きですよ、もうすごく行きたかった的なそんな感じマジナイスタイミングだよほんとほんと」
滅多にないチャンスを生かさない理由がなかった。
ただでさえ部活で忙しい彼なのだ。
今日を逃したら次いつ一緒に出かけられるか。

にゅわあって緩む頬を抑えきれない。
食べ慣れてる卵焼きが、30秒前より美味しく感じられる。
「ふ、っふふ、ひひひ」
「名前、気持ち悪いぞ」
気持ち悪くしたのはあなたですよ、なんて。
空っぽになったお皿を見てさらに頬が緩みまくる。

君はバレーも上手だけど、私を喜ばせるのも上手だよ。
さて、食器を洗ったらクローゼットの中を覗かなきゃ。

(2014.05.28)
パンケーキじゃなくてホットケーキってところがミソ
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