オーロラになれなかった人のために 番外



「……あなたがマクワさんの恋人ですか?」
それは昼下がり、キルクスタウンにある小洒落たカフェでのこと。先程マクワからは急なジムの用事で遅れると連絡があった。マクワが来るのを席で待っていたところ、見知らぬ女性に話しかけられた。

……私の特性は『きけんよち』ではないはずなのだが、何故か嫌な予感がした。

「……ええっと、ああ、はい。ソウデス……」
誤魔化したくなったが、今更そんなことしても意味がないのだ。マクワはジムリーダーだし、私はこんなだけど一応元チャンピオン。
少し前に一緒に出かけているところをあっさり週刊誌にリークされ「まあ、早かれ遅かれ結婚したら公表するし、いっかぁ」という割と軽めな理由で交際を公表したのだ。
マクワはともかく、私はもうリーグ関係者じゃないし芸能人でもないしチャンピオンだったのは元なので、一般女性と言って欲しい。週刊誌には普通に「元チャンピオン」と書かれた。勘弁してほしい。

めちゃくちゃ美人なのにやや不機嫌そうな顔つきの目の前の女性は、その、おそらくマクワのファンだ。
マイナーリーグを勝ち抜き、お義母さん……メロンさんを打ち倒し、ついにキルクスタウンの新進気鋭ジムリーダーとなったマクワはめちゃくちゃモテた。わかる、カッコいいし、スタイリッシュだし、オシャレだし、でもちょっと隙があって完璧すぎないところとかめちゃくちゃいいよね。わかる……マクワ、いいよね……私もファンクラブ入ってるもん……。ファンクラブ会員No.2を勝ち取った時は拳を天に突き上げた。

閑話休題。

そんなわけでマクワはものすごくモテる。
めちゃくちゃモテるマクワに突然現れた私というよくわかんない人間とのスキャンダル。
大好きなマクワと、何処の馬の骨かもわからない私が『付き合ってます』『というか婚約者です』『結婚も視野に入れています』だなんて、マクワのリアコファンからしてみたら面白くないに決まっている。
とはいえそうはいうけど、言っておくが私もマクワにガチ恋だからな。舐めんなよ。ちなみにうちのバタフリーもマクワにガチ恋だぞ。勘弁してくれ。

目の前の美人はカフェの席に座る私の前にタチフサグマよろしく立ち塞がると、そのツヤツヤと輝く薄桃色の唇を重々しく開いた。
「……私、マクワさんのファンなんです」
や、やっぱり。そんな気はしてた。
「元チャンピオン、あなたとマクワさんが交際されていることも存じ上げています」
「あっ、はい。すみません、恐縮です……」
「……マクワさんが好きな人なら、私も認めよう、認めなきゃと思っていたんですけど、」
悲痛に眉を寄せたその人は、けれどついに感情が決壊したように私をキッと鋭い目で見つめた。

「あなたみたいな品性のかけらもなさそうな人とマクワさんがお付き合いされてるなんて……!」
「ば、罵倒された……」
初対面の人に割とストレートに罵倒された。しかも品性がなさそうというあながち否定できない罵倒。い、一応チャンピオンだったのに……それなりに人前に出たりしてたのに……どんだけオーラがないんだ私は。たしかに今のチャンピオンのダンデ少年はオーラと品性の塊だけど、それと私を比べるのはやめろ。バトルでも人格でも負けてるとか言うのはやめろ。いい大人がガチめに泣くぞ。

と、その時。

「すみません、名前!お待たせしました!ジムの方で書類の不備があったようで……おや?」

マクワがカフェにやってきた。ととと、と私たちのそばに寄るときょとんという顔をした。それからマクワファンの女性と私の顔を見て小首を傾げる。
「名前のご友人ですか?」
「あー、えーっと、そういうわけではないというか、全然初対面なんだけど……」
状況がわからずやはりきょとんとするマクワ。こんなシチュレーションじゃなければ、小首を傾げる恋人の幼げな表情を「かわいい!世界一可愛い!結婚しよ!」と全力で愛でていたのだが。

私。
マクワファン。
マクワ。
謎すぎるトライアングル。
私の頭の中で『修羅場』という文字が特大ゴシックフォントで浮かんできた。助けて欲しい。

とはいえ、この女性も大好きなマクワの前で一応その婚約者である私を罵倒することはないだろう……
「うっ、うう!こんなに愛らしいマクワさんが……こんなテーブルマナーもわからなそうな品性のない女と付き合ってるなんてーー!」
という考えの私が甘かった。

全力で罵倒された。推しの前でもそれを貫くのか。すげえ、このファン逆にすげえ。それはさておきマクワが世界一愛らしいのはわかる。あれ?私たち、もしかしたら友達になれるのでは?

しかし、マクワ。以前私がメディアに叩かれまくった(らしい。詳しいことは知らない、当事者なのに)時は静かに怒って、さりげなく私を守ってくれていたマクワ。
……大丈夫だろうか?こんな公衆の面前でこの女性に対して怒ったりしないだろうな?この子、私のことが嫌いなだけで君のことは大好きなガチファンなんだよ。ハラハラしながらマクワを見ていたら、彼の女性の突然の発言にびっくりした可愛い顔が、ピコンと何かに気がついたような顔に変わった。

「……名前がフレンチのフルコースを食べた時にカトラリーの使い方が分からずフォーク一本で全てを食べ切ったことを知っているだなんて……!本当はやっぱり名前のご友人なんじゃないですか!?」
「おうこらマクワ」
そんなわけないだろ。私も思わずネイティオ顔になる。
まさか公衆の面前で己の恥を肯定された挙句詳細を曝け出されるとは思ってもみなかった。
ターフタウンの端っこというド田舎出身者にフルコースのマナーなんてわかるか。テーブルに並んでる大量のカトラリーを全部使うなんて思わないだろう普通。ご自由にお使いくださいという意味だと思ったわ。洗い物する人の気持ちを考えろ。

というか、マクワは味方だと信じていたのにその味方に撃たれるとは。
あくまでも「テーブルマナーがわからなそう」という想定で罵倒したマクワファンの女性も、私が本当にテーブルマナーのわからない奴だと知って本気で蔑む目をしている。
マクワ、いいかい、本当に友人ならば普通はあんな冷たい目で見てきたりはしないんだよ。

「やっぱり……!どうせあなた、休日は着替えるのが面倒だからってパジャマのままで過ごしてるんでしょ!」
「名前が昔使ってた冬用の長袖ユニフォームを寝巻きにしていて出かけない日はずっとその格好のままだと知っているなんて……!やはりご友人なのでは!?」
「違います」

「やっぱり……!どうせあなたメイクにもこだわってなくて安物ばっかり使ってるんでしょ!」
「名前が勇気を出してデパコスを買いに行ったはいいものの店員さんに話しかけるというハードルを超えられず結局いつものお店で化粧品を買ったことを知っているだなんて……!やはりご友人なのでは!?」
「違います」

息ぴったりだな君ら!?ダブルバトルか?もしかしてバトル売られてんのか?そっちがその気なら受けて立つぜ!なあ!相棒!
私の感情を察してか、ピシュンと音を立ててモンスターボールから出てきたバタフリーは素早くテーブルの下に潜り込むと、私の左脛を執拗に蹴り出した。突然の裏切り。
「いたたた、やめなさいバタフリー」
うるせえ!とばかりに厳つい獣のような鳴き声を出すとさっきより強い力で足を蹴られる。やめなさいマジで的確に軸足を狙うな。いやどうして?味方がどこにもいない。

「ほらっ!手持ちのポケモンからも攻撃されるなんて!やっぱりあなた、大したトレーナーでもないのね!」
「ひ、否定できない……」
うちのバタフリーはマジでバトルの時以外私の言うこと聞かないしな。ダンデ少年にもボコボコにされてるし、大したトレーナーではないことは事実だ。しかし人に改めて言われるとそれはそれで辛い。

……でもマクワにもそう思われていたら嫌だな。
ふとそんな感情が湧き出て、心が鉛のように重くなる。誰にどう思われていても構わないと思っていたけれど、マクワには、彼だけには……。

「その発言は撤回してください」
強い口調に、思わず顔を上げた。

「外側からは解り辛いかもしれませんが、これが彼女たちの信頼関係なんです。まして大したトレーナーではないなんて、そんなことは決してありません」
マクワが真剣な顔で女性にそう言っていた。
「彼女は、名前は僕が尊敬するトレーナーの一人です。彼女から学ぶことは多く、僕ではまだ太刀打ちできない強い人なんです。どうか、そんなことを言わないで欲しい」
驚いた顔をする女性に、マクワはそれまでの真剣な顔つきを緩める。
「すみません、僕と名前の関係のことで悩んで下さっていたのですよね。ご心配おかけして申し訳ありません」
それからいたずらっ子みたいな顔で微笑みかける。

「応援してください、なんて言いません。けれどどうか信じてもらえませんか?僕らは互いに尊敬し信頼し合えるパートナーでありたいと願っているんです」

その時の状況を一言で言うと、「弱点攻撃が急所に当たった!」という感じだった。
マクワの天使の微笑みの直撃を受けた女性は顔を真っ赤にしたまま、「ひゃ、ひゃい……おうえんしましゅ………」と呟いて固まってしまっている。
怖い、稀代のモテ男怖い。微笑み一つでハートを狙い撃ち。そのまま女性には握手してサインして写真を撮って流れるようにお帰りいただいた。ちなみにマクワと女性のツーショット写真を撮ったげたのは私だ。立ち位置が謎。

カフェを出て行く女性に手を振ったマクワはしゃがみこむと、テーブルの下のバタフリーに声をかけた。
「ほら、バタフリーも。あんまりモネに意地悪ばかりしちゃダメですよ」
そう言ってマクワがウインクをすると、バタフリーが恋する乙女みたいな鳴き声を上げた。いや、さっきの狂った獣みたいな唸り声はなんだったんだ。
ほら戻りましょうね、とマクワがボールを差し出すとバタフリーは自分から喜んで戻っていった。な、なんなんだこれは……私がトレーナーなのに……。

そうしてようやく静寂を取り戻すカフェ。
周囲の方々にもご迷惑をおかけしてしまったと思い、慌てて頭を下げるが温かい目で見られるのみだった。
そうだった、キルクスではマクワとデートをしすぎてマスコミに公表する前から街の人に関係性が認知されまくってるのだった。余計に恥ずかしい。
注文を取りに来たウェイトレスさんに再度謝ると「大丈夫ですよ。お気になさらないでください。まあ、あれ以上モネさんが絡まれるようでしたらキルクスジムとジュンサーさんに連絡するところでしたが」とさらりと言われる。
えっ、何もそこまでしなくても……早めにマクワが来てくれてよかった……。

テーブルの向こうに座ったマクワが「あとでブティックに行きましょうね!夏の新作ワンピースがきっと名前に似合うと思うんですよ」と先ほどのことなどなんでもなかったかのようにこちらに笑いかけてくる。強い。私と先程の女性の諍いも円満に解決するし、ジムリーダーになるとメンタルも強くなるのか。私はチャンピオンだったのにクソザコメンタルのままなんだけどなんで?品性の問題?

しかし、にこにこ笑顔の可愛いマクワに先程までの疲労も吹っ飛ぶ。
「あー、じゃあ私もマクワの服も選びたいな」
「ぜひ!」
自分の服を選ぶのは苦手だが、マクワの服を選ぶのは好きだ。彼に着てほしい服を選ぶだけだからね。世界一簡単な作業よ。ていうか、マクワは何を着ても似合うから服屋に並んでる服を適当に選んだとしても絶対最高になるんだよね。くそダサセーター着ても即ランウェイ。奇跡の存在か?

やがて運ばれてきた紅茶とケーキ。
普段なら人前でこんなことはしないのだけれど、周囲がこちらを見ていないのを確認して、小さく切り分けたケーキをフォークに刺してテーブルの向こうのマクワには差し出した。感謝の気持ちとこみ上げる愛しさ、そういうものを渡すみたいに。
マクワは私の珍しい行動に少し驚いた顔をしたけれど、すぐに嬉しそうに口を開けて食べてくれた。
私はそれを真正面という最高の場所から、マクワはゆっくり咀嚼してごくんと嚥下する、その一連の流れを最初から最後までを眺める。バウタウンの夕暮れ並みに絶景だなあ。

「……ふふ、ありがとうございます」
「うん、ここのケーキ、美味しいからね」
「はい、すごく嬉しいです」
「……うん。……あの、今のは、気にしないで……」
……公共の場でラブラブカップルみたいなことをしてしまった……。今更になってものすごく恥ずかしくなってくる。
「何のことですか?あーんならまたしてほしいです」
「ぐっ……き、気が向いたら……」
「楽しみにしていますね」
顔が熱い。絶対赤い。温かい目で見てくるマクワに目を合わせられない。マクワもそんな顔で笑うんじゃない。
……くそ、もうこんなこと家でしかやらないからな。

なんて、そんなことをしていた私たちは気がつかなかったのだ。
私たちが座るテーブルの2つ向こうにメロンさんがいて、こちらをニヤニヤ見つめていたことなんて……。


(2020.5.13)
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