砕月 始



※新宿のアサシン生前夢
※真名バレ有り



北京城内を歩く、2人の人物がいた。ひとりは年若い青年。もうひとりは10才程度の少女。歩幅を合わせて歩く青年の着物の裾を指先でつかんで、少女は彼についていく。道行く人が見れば2人を兄妹とでも思うかもしれない。確かに年の離れた兄妹と呼んでも差し支えのない容貌の2人だが、彼らの間に血の繋がりはない。

青年の名は燕青。北京城内の人々から浪士燕青と呼ばれる彼は、流れるような黒髪と、白絹のような肌に彫り物のあるきりりとした美男子である。何についても器用で利口なことは人々の知るところであり、彼と旧知の民は気さくな彼に何かと声をかけ、燕青もまたそれに笑って応えていた。
対して少女の名は名前。燕青に並んでも見劣りしないほど器量の良い少女である。幼い頃の火災で喉を焼いて以降声が枯れてしまい、滅多に声を発する事はない。そんなこともあってか社交的な燕青に比べれば内向的な子供だ。だがその反面手先が非常に器用で着物のしつらいやら糸紡ぎやらの細かいことをさせれば大人顔負けだ。また筆を持たせれば絵も文字も、それは良いものを画く。

彼らは2人とも、北京で質屋を営む盧俊義の使用人であり従者である。どちらも天涯孤独であったところを盧俊義に拾われ、育てられた恩がある。盧俊義は少々思慮が浅いところもあるが、根は善良でどこか憎めない所のある男だ。燕青は彼の特にお気に入りであり、名前もまた実子のように可愛がれている。

2人は主人の遣いの帰り。荷物を抱えた帰り道の途中で、旅のものだろうか、見慣れない易者とそのお供にすれ違った。色黒でやけに強面なお供の担ぐ旗には「運命判断、見料一両」と書かれている。高額な見料故に積極的に占いを頼もうとする者はいないが、真面目そうな易者にひょこひょこついて歩くおっかない顔のお供という、どこか間の抜けた取り合わせに子供たちは物珍しそうに笑いながらついていくし、大人たちもそれを離れたところから笑顔で見守っている。燕青はそんな城内の平穏さに心を満たしながら、ぱっと目に入った旗に書かれた文字を見て思わず鼻で笑ってしまった。

なんともまあ下手な字だ。もし名前があの字を書いていたのなら、たとえ一両でも占いを頼む者がわんさかと現れただろうに。
そう思って当の名前に目を向けると、彼女もまた不思議な組み合わせの易者たちを見つめていた。

「気になるかい?」
と燕青が尋ねる。名前もまだ子供。町の子供たちのように何も考えずに遊んでいたい年頃だ。きゃっきゃと笑って易者たちの後をついて歩く子供たちに憧れる気持ちもあるのかもしれない。
そう思って声をかけるが、途端彼女は易者たちから目を離して、ぶんぶんと首を横に振った。それからすぐに足早に歩を進めて、早く帰ろう、と燕青の手を引く。
幼い頃に盧俊義に拾われ、使用人としての生き方だけを身につけた名前は城内の子供たちよりずっと大人びている。それが良いことなのか悪いことなのかは同じ境遇の燕青には判断しかねる。それこそぴたりと当ててくれるのなら、あの滑稽な易者にでも占って欲しいものだ。

ぐいぐいと名前に引っ張られるがままに燕青は帰路を進む。進むたびに騒がしい行列は段々と遠ざかっていく。そうだ、あれらはきっと自分たちには必要のないものに違いない。燕青も名前も、あの行列には入れない。入れないけれど、入れなくとも自分たちは充分に幸せだから、そんなものはいらない。変わらない平穏を望んで、燕青は名前と共に歩みを続ける。もうすぐ見えてくる、2人が帰るべき屋敷へと。




その歩みが、やがて平穏からかけ離れた未来へ続いていくことなど、今はまだ誰も知ることはないのだけれど。


(2019.1.6)
2017年に書いていたはいいものの上げるタイミングを見失っていたものを上げました。
なにもかも中途半端ですが、全4話のシリーズです。
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