待ち惚けの特権



自分自身自覚していることだが、と南は心の中で前置する。自分はあまり、気が長い方では無い。学校や部活では岸本という自分以上に短気で喧嘩っ早い男がいるから必然的に大人しく見えるだけだ。というか岸本がイラチ過ぎる。……いや、話が逸れた。それに関西人だ。目の前に上質なボケがあったら否応無しに拾ってしまう。いや多分目の前のこれはボケではないのだろうが。しかし耐えられなかった。実家の店番をしているわけで、それはつまりこの店の顔となっているわけだからあまり私語などしたくはないのだが、これはダメだ。これは、これだけは言わせてほしい。

「苗字……お前なんて毎回ここでこれ買うてんのや」
「あん?」
なんか文句でもあるのかとばかりに眉間に皺を寄せるクラスメイトの苗字だが、こっちの方がその顔をしたい。
レジカウンターにドンと堂々と置かれたのは、その、男には馴染みが薄い上に思春期の男子にはちょっと直視し辛い感じの、アレであった。アレというのは、なんとも言い辛いが、女性だけが使うというか、男子的にはネタにもし辛いというか、いろんな意味で扱いに困るもので、
「なんや南、ここでナプキン買うたらあかん理由でもあるんか?」
こいつ言いおった……。オレが口にし辛いものを当然のように言いおったぞ……。女子だからか?
南は目を閉じてグッと堪える。教室だったら確実に平手ではたいている。こいつはクラスメイトだが、しかし今だけは客だ。手を出したらあかん。

苗字は大体月に一度、南の実家である南龍生堂に女性ものの生理用品を買いに来る。それは別にいい。女子には必要なものだし、ここは薬局だ。だが、だがしかし、わざわざ南が店番してる時に来るのはやめてほしい。気まずいのだ。風邪薬とかなら構わないが、生理用品。まだコンドームを買われた方がネタにできる。いや女子にそんなことはしないが、多分。

「なんかあかんの?」
「あかん、……くはないけどな、お前な。恥じらいとかないんか」
「しゃあないやん。必要なんやし」
「別の店で買え」
「なんでや、売り上げに貢献したってるのに」
「いらんわ、せめてお袋がレジしてる時にきぃや」
「知らんし」
偶然か必然か、苗字が買いに来るときはいつも南がレジの時だった。タイミングが最悪すぎる。狙ってきてるわけではないのだろう。そうだったらただの痴女だ。
「ええから店員さん、はよ会計してや」
「364円ですぅ」
「はいはい」
渡された500円玉を受け取ってレジを開く。136円。レジから吐き出されたレシートをベリベリと剥がして、おおきにとおざなりの言葉と共に渡す。袋に詰めた生理用品を手に取って、苗字はいつも通り踵を返して、…………帰らなかった。
なぜか南をじっと見る。南も負けじと見つめ返す。よくわからないが、逸らしたら負けだと思った。無駄に長い沈黙。他の客がいないのをいいことに苗字は用のないはずの店内に残り続ける。

「あんな、南」
そうしてようやく、苗字が唐突に口を開く。
「……なんや」
えらく不機嫌そうな声が自分の喉から出た。
「うちあんま頭ようないんよ」
「知っとるわ」
突然の告白だが、それはもう知ってる。頭が良かったらわざわざクラスメイトが店番してる薬局に生理用品を買いには来ない。南は間髪入れずに挑発を返すが、苗字はたいして表情も変えずに言葉を続ける。

「せやからな、こうする以外に好きな奴に声かけてもらう方法が思いつかんかったんよ」

と。
それだけ言って苗字は今度こそ踵を返して店を出て行った。
その言葉の意味がわからず困惑する南を置いて。
「…………………は?……はああ?」
オオキニーアリガトーゴザイマシターの定型文を言うのすら忘れて、オレは苗字が出て行って何十秒も経ってからようやくその言葉の意味を理解した。

アホなんかあいつ?いやアホや。ただのアホや。どうしようもないくらいにただの大アホや。声かけてもらう方法がわからんって、いや、だからってそんな理由でこんなことアホみたいに何ヶ月も、まどろっこしくやってきたのか?
呆れて物も言えないとはこのことだ。全然まるで意味がわからない。いや、意味はわかるのだが。
声をかけて欲しかったのか?オレに?そんな素振り、学校じゃ一切してなかったくせに。
頭を抱えたくなる。店じゃなかったら全力で抱えていた。
例えば明日学校行って苗字にオハヨーサンとでも声をかけてやればいいのか?そうしたら、もうここには来なくなるのか?ちゅーかなんでオレ?
疑問が頭の中をぐるぐるぐるぐる回り出し、答えが見つからないままガツンガツンと脳の内側にぶつかっている。最後の最後に爆弾を落としていきおった。なんて厄介な女なのだろう。
……けれど、何よりも厄介なのは、あんなアホみたいな告白にそんなに悪い気がしていない自分自身なのだけれど。

(2018.11.21)
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -