喧嘩腰ペトリコール



「だから私が勝つって言ったじゃん」
テレビ画面にはキャラクターのセレクト画面がチカチカと映っていた。
苗字が格闘ゲーム好きで、据え置きゲームだけには飽き足らずゲームセンターの格ゲー大会に出てそれなりの成績を出す程度にはそれが得意なことは2人の間では当然の、言ってしまえば常識であることはわかっているはずだった。

対戦モードになっている画面を見つめたまま適当に十字キーをガチャガチャと弄った苗字は呆れたような溜息をしかけて、Bボタンで行動をキャンセルするみたいに吐き出しかけたこの重たい空気を喉の奥に飲み込んだ。
ちらりと自分の背後を見る。慣れ親しんだ自分の住んでいるワンルーム、その中で1番場所を取っているベッドへ目を向けた。ベッドの上、つい最近出したばかりの毛布が小さな山のように膨らんでいる。中に潜り込んでいるのは福田だった。

「こうなるってわかってたじゃん」
言葉で追撃をかますと毛布の山がふるふると震えた。それを見た苗字はそれ以上は何も言うまいと口を閉じて対戦モードからシングルモードへゲーム画面を切り替えた。


何を思ったか、ゲームに誘ったのは福田からだった。しかし苗字に格ゲーを挑むというのは、ズブのドシロートが仙道に1on1を挑むようなもので結果などやる前からわかっていたはずなのだが。
結果合計17回。苗字の容赦ないコンボで沈められた福田はふるふると震えながら静かにコントローラーを置いて、苗字の毛布の中に引きこもった。
つまりは拗ねたのだった。

シングルモードでNPCを作業のように沈めながら苗字もまあ、少し反省する。多少は加減してやっても良かったのかもしれない。接待、とは言わずとも一度くらい勝たせてやっても良かったかも、と一瞬考えたが、わざと負けてやったらそれはそれで福田が傷つくだろうことも予想がついた。彼は繊細なのだ。面倒くさいとも言えるが。
とはいえ逆の立場で考えてみよう。もし苗字が福田に1on1を挑んだとして彼が加減をするかといえば、なんとも言えない。多分しないだろうと苗字は思った。下手くそなディフェンスをする苗字をあっさり抜き去ってこちらをガン見しながらダンクを決めそうだ。苗字の頭の中の想像上の福田がものすごいドヤ顔をしていた。ムカつく。
基本的に苗字も福田も負けん気が強い。勝てる勝てないかではなく、勝ちたいのだ。このあたりはもう理屈ではない。……その気持ちはよくわかるのだけれども。

私は悪くない、悪いとしてもほんのちょっとだけだしと内心モヤモヤしながら容赦なく壁ハメコンボでNPCを叩く。オーバーキル。コンボは100を優に超えていた。
付き合いは長いからお互いのことはそれなりにわかっているつもりだった。何か好きで何が嫌で、どの程度の距離感が楽か。それから踏み越えてはいけないラインも。とはいえ喧嘩もする。似た者同士だからかもしれない。苗字と福田の関係を知った仙道などは「いいんじゃないか?似た者同士だからお似合いだ」だと笑っていたが、似た者同士だから難しいところもあるのだ。あいつはそういうところがわかっていない。
行き詰まったりムカムカしたり転げ回ったりする苗字の思考とは裏腹に、無意識でも動くくらいに慣れた苗字の指先が一切の無駄なくボタンを押す。ゲームの中で可愛らしい細身の女性キャラクターが大男を鮮やかに倒していた。

時間にして3、40分程だろうか。何回かひとりでプレイしているうちに頭も段々と冷えてくる。苗字はコントローラーを置いて、再び背後のベッドへ目を向けた。布団はもう震えていなかった。
「吉兆」
ゲームを消してから四つん這いでどたどたとカーペットの上を進み、ベッドの側へ辿り着く。そうして地べたに座ったまま手を伸ばし、おそらく福田の背中あたりだろうと思われる場所を毛布の上から撫でる。
「悪かったよ吉兆、やりすぎた」
しかし反応は無い。まだ拗ねているのだろうか。苗字は背中を伸ばしてベッドの上へ乗り上がる。それから福田の、多分頭があるあたりの毛布を捲りあげた。
「きっちょ、」
と、もう一度名前を呼びかけて、その声は途中でとどまった。それから小さく息をつく。
縮こまるようにベッドに寝転がって、壁の方を向いたまま福田はいつのまにか眠っていた。薄く開いた彼の口から一定のリズムで吐息が漏れている。

……なんだ、寝てるのか。
カクンと苗字の肩が落ちた。一気に気が抜ける。頭の中のモヤモヤもグルグルもそれだけで全部消え去ってしまった。思えばどうでもいいことでお互い拗ねあっていた。
まあ私は初めから悪くないけどね、と内心で呟きながらもぞもぞと彼の籠る布団へ侵入して福田の隣に寝転んだ。伸ばした足が福田の足にぶつかる。苗字より布団に篭っていた福田の体温の方が暖かかった。
ぽすんとベッドに頭を預けてから、ふと思いついたように手を伸ばして彼の刈り上げのあたりを撫でる。チクチクザラザラする感触を楽しんでいると、福田が僅かに身じろぎした。けれど起きることはなくそのまま再び体をベッドへ沈める。ただそれだけでひどく愉快な気持ちになった。苗字は天井のほうへ手を伸ばし、ベッドに寝転がりながらでも電気を消せるように毛糸で伸ばした電灯の紐をぐいぐいひっぱって、部屋を暗くする。それからようやく福田の背中へ額を寄せて目を閉じた。

(2018.11.1)
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