幸せになろう



DVDの入った小包が届いた。
差出人は不明……とかだったら一昔前のホラー映画の導入みたいだ。もちろんそんなことはなく、小包の差出人の欄には実家の住所と母の名前が。

一緒に同封されていた手紙曰く、押入れの奥から古いビデオテープがたくさん見つかったらしい。それを専門の業者さんに頼んでDVDに焼き写して貰ったのだそうだ。
せっかくだから、裕太さんと名前のところにもいくつか送ります。小さい頃のあなたはこんなにも可愛かったのよ、と手紙に書いてあるのを見るに、送られてきたのは私が幼い頃のホームビデオらしい。

「見たい!」
「ええ……いいよぉ、どうせつまんないよ……」
「いいから見ようぜって!」
まあ、せっかくだしと夕食後に2人、ソファに並んでそれを見ることにした。なぜか私より裕太の方が楽しみにしていてノリノリだ。正直なところ私としてはあまり見たくない。子供の時のことなんてろくに覚えてないし、どんな内容かもわからないし、どんなバカなことをしているか予想もつかない。けれども裕太がさっさとプレーヤーにDVDを入れてシュー!超!エキサイティン!と、そこまでハイテンションではないが、私が何もしなくても準備が進められていくので、ソファに座ったまままな板の上の鯛の気持ちでそれを眺めるほかない。

彼がぽちぽちとリモコンを操作すると、満を持して、なんてほどのものではないが、テレビ画面にパッと映像が映し出された。
一瞬ガクガクと画面が揺れてから安定したその映像を見て、私は思わず目を細めた。
映し出されたのは実家のリビングの光景。今たまに帰る実家とは少しレイアウトが違って、ああ、そういえば昔はこんな感じだったっけ、なんて忘れかけていた記憶が呼び起こされていく。

時折横線が入ったりひずんだりする古い映像の中で、その日はクリスマスイブのようだ。小学校に入ってすぐくらいの頃だろうか。まだ幼い私と弟が、おそらく母の手助けを借りて作ったのだろう下手くそなケーキがダイニングテーブルの中央に置かれていた。何本も刺された蝋燭が火をつけられるのを今か今かと待っている。
小さい私は今よりずっと若い父の服の袖をつまんで「あのねえ、これねえ、わたしがつくったんだよ」とケーキを指差して報告している。

思わず、懐かしいと感慨深く思った。けれども、本当のところを言うと今の私にこの日の記憶はない。弟とケーキを作ったことも、それを父に報告したことも、こうやってクリスマスイブを家族と過ごしたことも、何一つ思い出せはしない。
けれどもこれは確かに、私がこれまでの人生の中で積み上げてきた出来事のひとつなのだろう。何一つ覚えていなくても、食べたものが知らず知らずのうちに自分の体を構成するように、このささやかな記憶もまた、私と言う人間を構成する一部になっているんだろう。

しかし、こんな映像、私や家族が見るならともかく裕太が見たって何も面白くはないだろう。さっきからずっと無言のままだし。つまんないよねえと隣にいる彼にふと目を向けたところ。
「え、ええ……?」

泣いていた。
裕太は何故か映像を黙って眺めながら、静かに、けれどものすごく泣いていた。

寝ているかもしれないとは思いつつ、まさか泣いているだなんて思いもしなかったから、私はもう本当にびっくりしてしまって、慌ててローテーブルの上の箱からティッシュを2枚も3枚も取り出して彼の顔に押し付けた。
「どうしたのさ……」
もしかして、昔の私はこんなにも可愛らしくて素直なのに、今の私は喧しくて可愛げもなくて口が悪いから、そのギャップや時の流れの無情さに泣いているのだろうか。もしそうだとしたらしばく。裕太を泣くまでしばき倒す。

ティッシュを受け取った裕太はそれで涙をぬぐって、ズズーっと鼻をかんでから「わかんねえ」と答えた。
「わかんねえけど、名前がこんなちっちゃい頃からヘラヘラニコニコして、幸せそうにしてんの見たら」
裕太はもう一度鼻をかんだ。
「なんか、泣けてきた」
そう言ってへらりとこちらを見て笑った。その目元と鼻先が赤い。彼が瞬きをした途端、また一粒涙が頬を伝っていく。それが頬から顎まで流れていくから、私はまた慌ててその雫を指先で拭い取った。

裕太が実はとても泣き虫であることを、私はよく知っている。

初めてのデートで映画を観に行った時も、感動系だったからか上映中隣で何度も鼻をすする音が聞こえていた。これは距離が縮まるにつれて知ったことなのだけれど、彼は動物とか友情とか、あとは兄弟ものにとても弱いのだ。

私がプロポーズにうなづいた夜、私を家まで送ってくれた別れ際、目の端に涙が溜まっていたことに私は気がついていたし、バイバイまたねって振った手がそのまま目元をゴシゴシと擦っていたことも知っている。

婚姻届を出しに行った時も、役所の中ではなんでもありませんって顔で堂々としていたのに、車に戻ってからは天井を仰いで深い安堵の溜息をついていたこと。

ウェディングドレスの試着をした時だって「馬子にも衣装だ」なんて揶揄ったくせに、私が着替えてる時にちょっと泣いてたってこと、店員さんから聞いて知ってしまっているのだから。

こんな調子で来週末は大丈夫だろうか、なんてそんなことを考えてしまった。せっかくの晴れ舞台なのに、新郎が最初っから最後まで泣きっぱなしだったらどうしようか。
ティッシュの箱、一体何個用意すればいいのだろうか、なんて空想みたいにふわふわした心配を頭の中に敷き詰めていたのに、裕太は相変わらずDVDをじぃっと見ている。

画面の向こうは遠い過去、映像の中の私は母に促されるがまま「はしれそりよお、かぜのよおに」とクリスマスソングをへんてこなテンポで歌っていた。
「ははっ、昔っからヘタクソなんだな」ってそれを見た彼が泣きっ面のまま笑う。
いつもの私だったのなら裕太の頭をぺちんと叩くこともやぶさかではなかったのだけれど、彼の穏やかな表情に苛烈な感情も優しく削がれてしまって、なんとなく自分の左手の薬指にはめられているそれを右手の指先でなぞるようにそっと撫でた。
それから隣の彼の左手にもお揃いのものがあることをそっと盗み見て、なんでだろうか、ぎゅうっと胸が締め付けられた。

私はもう一度ティッシュを箱から取って裕太に渡した。わるいって呟いて、涙を拭いて、それから私の方を見て笑う。笑う、から。

「裕太」
無意識に名前を呼んでいた。すると、どうかしたか?って顔でこちらを見つめる彼になんとなく安堵する。
うん、確かに私は子供の時だって、記憶に残ってないような幼い頃だって、確かに幸せだったのだけれど。
「……あのさ、私は裕太といるとさ、」
と、言いかけて羞恥。
どんな言葉を続けるかを知っているのは私だけだから、ここで止めて無かったことにしたって良かったのだけど。たまには、こういうのもいいかって思って。

「すごく、幸せだよ」
私は幼い頃から幸せだったけれど、それは今も変わりはしない。いや、むしろ隣にいてくれる彼がいる今こそ、得難い幸せを手にしているのかもしれない、なんて、そんなことを思った。

口に出してからやっぱり心にしまっておけばよかったな、と羞恥に塗れた内心で思った。なんとなく目を合わせられなくなって、家の天井あたりをじっと眺めた。
が、しかし……裕太からの反応がゼロなので、それはそれで気になって照れゆえに逸らしていた目を戻す。

すると私の目の前で笑っていた裕太の眉がギュッと寄せられていて、ふにゃっと情けない顔をしていた。

「ほんとか」
って、小さい声。
「俺、おまえのこと、ちゃんと幸せにできるかな」

それからぽろっとまた一粒涙をこぼしたから、私はティッシュ箱を手元に引き寄せてから、顔をくしゃくしゃにして泣き出した裕太を抱きしめた。

「幸せだよ、裕太。私、今すごく幸せだよ」


(2018.9.6)
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