火葬場の君



毎日、人を焼く。
火葬場の炉でボタンひとつ。そうやって遺体を焼く。そういう仕事をしている。
祈りはしない。それは私の役目ではない。私はいつも自分の中のスイッチをカチリと入れ替えて、業務としてそれらを焼く。けれど、遺体を物だと思えたことはない。ただ、人であるとも思わないようにしている。
そうやって毎日、人を焼く。


真夜中、広いベッドで恋人にふれる。
2人の寝室はむせ返るくらい熱のこもった部屋になっていたけれど窓を開けようとは思わなかった。ベッドからでは窓まで手が届かないが、降りるには体が怠過ぎた。
だからこの熱も愛しいものだと思うようにして、心地よい疲労感と熱を楽しむことにした。それは然程難しいことではない。柔らかな熱はいつだって愛しい。

ベッドの半分、壁側の桔平はこちら側を向いて、体を横にして深く眠っていた。一定の呼吸。薄く開いた唇。眠ると普段の硬い表情が薄れて、すこし幼げに見える。
桔平自身は知らないだろう。これは夜に君の寝顔を見れる私だけの特権だ。君にだって教えてあげられない。
どこからやってくるのかわからぬ独占欲のまま、私は右掌で彼の頬にふれた。薄っぺらい皮と肉の向こう側、硬い骨の感触をゆっくりと愛撫する。目の下から耳の方へ硬い感触を追って緩やかに指でなぞる。
その途端、僅かに痙攣を起こす彼の目蓋を見て、口元が無意識に弛む。起きてしまうだろうか、きっと起きてしまうだろう。けれど恐れ知らずな私の指先は彼の顎のラインをなぞり、首、鎖骨、肩の骨をすべるように渡っていく。腕を伸ばして背中の肩甲骨へ、それから戻ってきて、二の腕のあたり。二の腕には硬い筋肉が付いていて、骨の感触は少し遠い。だからゆるゆるとより末端のほうへ手は動いていく。肘へ、手首へ、掌で感じられる骨を辿る。それだけふれても桔平は起きなかった。

桔平は骨太だ。それなりに背丈があるけれど、それ以上に鍛えられた筋肉と太い骨があるから背丈以上に体が大きく見える。少し身動ぎしながらもまだ起きることはない桔平を私は静かに眺める。丈夫な肉体を丈夫な骨が支えている桔平の体。

不意に火葬場の炉のボタンを思い出した。
桔平の骨は人より多く焼け残るだろう。

経験故の確信を持って、そう思った。炉の温度は非常に高い。だから子供や老人を焼くときは温度を調節する。そうしなければ骨が残らないから。
けれど桔平の骨は成人の温度でもきっとたくさん残るだろう。柔らかな肉は蒸発し、小さく脆い骨は容易く溶け、美しい瞳も髪の毛もすべてが燃え切ってもなお、君の硬い骨は残るだろう。
見慣れた景色、私の日常、銀台の上の骨。
容易に想像がついた。空想の中の私は箸を手に君の骨をひとつひとつ拾う。
そうやって君を支えてきた全てを納骨箱に入れるけど、きっと量が多くて入りきらないだろうな。蓋を閉じられないから、上から押し潰して砕いてやらなくてはならない。けれどそれはなんだか、ひどく勿体無いことのように思えた。

「ん、んん……」
急に桔平が身動ぎをした。僅かに零れた吐息が私の鼓膜を揺らす。空想は溶けて、私は現実のベッドの上で肉に包まれた桔平の骨を確かめていた。掌でぐるりと掴んだ手首の骨は平べったい。確かめるように掴んだり、離したりを繰り返す。日に焼けた肌の向こう、赤い血肉の下にある白い骨。知らない人の骨は幾度も見たけれど、私は君の骨の色を知らない。

私は焼いてやれるだろうか。彼の体を焼くことができるだろうか。
現実問題として、できないだろう。
そのとき私は焼く側の人間ではなく、見送る側の人間となる。彼の体が焼けるのを煙突から出る煙を見ながら待つのだろう。
それはきっと、幸福なことだ。死そのものは別として、愛しい人の死を見送ることができることは得難い幸福だ。君を焼いた煙は雲となり、やがて降りゆく雨に私は君の面影を見る。

君を焼くことはできない。できないし、したくはない。焼くとき私のスイッチは切り替わる。そのとき私はきっと君を愛しい人ではなく、人でも物でもない何かであると認識してボタンを押す。そんな悲しいことはない。君は永遠に私の愛しい人でいてほしい。一瞬だって、無価値にならないで。

桔平の左肩にふれる。腕の骨との繋ぎ目を確かめた。そういうふうに掌で火葬場の君を想像しておく。焼けたばかりの骨は生まれたての星のように熱いこと、君は知らなくていいんだ。
「…………なにしてるんだ」
それはひどく唐突に、桔平の肩に置いていた手を掴まれた。私より大きい手。高い掌の体温。桔平が右手で私の手を掴んだ。
眠たげに何度も瞬きを繰り返しながら彼は夢現みたいな顔で私を見た。それからもう一度「なにをしてるんだ」と尋ねた、から、私は答えた。

いや、
「いや、」
良い
「良い」
骨を
「体を」
してるなって
「してるなって」
思って
「思って」

そう答えると桔平は、はぁと口角を上げて吐息を吐いた。その吐息からは少し呆れたような音がしていた。桔平は肩に置いていた私の手を掴んで、そのまま2人の間の空間、真っ白なシーツの上に押し付けた。
そうして「寝ろ」と、それだけ言って、私の手を握ったまま、彼は再び目をつむる。「うん」と頷いた私は彼の言いつけを紙をちぎるより簡単に破って、瞼の緩やかなカーブに沿って並ぶ睫毛を見つめた。それからすぅっと通った鼻筋と、柔らかいことを知っている唇。どれも美しく、同じくらい愛しい。焼いてしまうのが惜しい。けれど、焼いてやれることは幸福だ。少しだけ手を動かして、桔平の手を握り返す。

「泣いてるかと思った」
小さな囁きは聞かないふりすることにした。彼は優しい想像をして、私を心配してくれていた。私はずっと君が骨になる空想をしていたのにね。


2018.4.14
那須ジョンさんの短歌より
「骨までも肌のうえから愛撫して、火葬場のきみ想像しておく」
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