二十三夜再び



二十三夜の続き
※現代パロディ
※新宿のアサシンの真名ネタバレ

仕事を終え、帰宅する。
家の鍵を内側からしっかりと締め、廊下を通ってリビングへ向かう。途中一度大股になって跨ぎながら、廊下を進む。コートを脱ぎ、ハンガーを掛け、再び廊下を通り、また一度大股で跨いで洗面所に向かい手を洗い、うがいをして、もう一度廊下の途中で大股で跨いで、
「ガンスルーたぁ酷ぇや……」
足元から潰れたような声が這い上がってきた。

地面に見下ろすとそこには、まあ帰宅した時から気がついていたが、全裸の男がうつ伏せになって転がっていた。鍛えられた肉体を這う鮮やかな刺青が白い廊下に映える。
これが私の同棲相手だ。……非常に、複雑なことに。

全裸の上にそいつはびしょびしょに濡れていた。つまりそいつが倒れていた廊下もびしょびしょだということだ。ふざけんなよお前。
仕方なく大きめのバスタオルを持ってきて、そいつの頭にかぶせてやる。
「起きてくれる?」
「んんー起こしてぇ」
舌打ちしたくなるのを抑えて、正面から抱きかかえるようにしてなんとか上半身を起き上がらせる。廊下のど真ん中に座り込むそいつの髪をタオルで軽く拭ってやれば、にへらぁ、と気の抜けたような笑顔でこっちに抱きついてくる。
体から僅かに湯気が上がっているのを見るとどうやらお湯に濡れているらしい。風呂に入っていたのだろう。
「名前〜」
「やめて。濡れる」
「のぼせちまったぁ」
「離して」

先ほどリビングのテーブルの上に開けっ放しになったウイスキーの瓶があったのを見かけたから、きっとアルコールを摂取したまま風呂に入ったのだろう。馬鹿だ。
離れろと言うのにベタベタとくっついてくるせいで仕事用のワイシャツは濡れてしまった。
酔っ払い相手に何を言っても無駄だろうと思い、上手いこと介護しながらリビングまで誘導し、暖房をつける。温風が直に当たる場所に座らせ、髪をタオルでがしがしと乱暴に乾かしてやる。
「髪乾かしたら服着て」
「んん、気持ちいぃ……」
「変な声出さないで」
「えへへぇ、名前のえっちぃ」
「黙って。あと動かないで」
動くなと言うのに頭をブラブラと揺らして楽しげに鼻歌を歌いだす。酒が入っているとはいえ、本当に子供みたいな男だ。
ある程度乾かしたら、そいつの服やら下着やらを持ってくる。
「服を着て」
「着せてぇ」
「私もお風呂行ってくるわ」
「名前〜」
「テーブルのお酒も片付けておいて」
「一生のお願いぃ」
「私が上がるまでに服を着なさい」

◇ ◇ ◇

いつもより早めに風呂から上がり、さっさと着替えてリビングに向かうとそいつは。
「…………」
全裸だった。
テーブルの上にはウイスキー。
……もう何も言うまい。ウイスキーに栓をしてキッチンに戻す。
カーペットの上で脱力して寝転がる成人男性に服を着せられるほどの筋力はない。ないので、黙って叩き起こすことにした。
「起きて」
「んん…………」
「起きなさい」
「んーー、」
「今から5秒ごとに乳首を抓るわ。1、2、」
「えぇ、なにそれこえぇ……」
やはり起きていたらしい彼に目を開ける。ちゃんと意識があるなら服を着てほしい。風邪をひく。

「名前を呼んでほしい」
彼は唐突にそんなことを言った。
「そしたらすぐに起きるし服着るし片付ける…………もう片付いてっけど」
「そう、じゃあ燕青」
「…………いやなんかちがう」
「呼んだわ。約束を守って」
不満げな声と顔だがそんなことに構ってる余裕はない。Tシャツを手渡せば素直に受け取って着た。ようやく。
下着を手渡す。履く。
スウェットの下を渡す。履く。
テーブルの上のウイスキーは私が片付けたから、彼は布巾でその上を拭いた。
「約束は守ったぜ、褒めてぇ」
「はい、偉いわ。あとは酔ってないくせに酔う振りをするのはやめて」
「おおっと!……なんでバレた?」
「貴方は貴方が思う以上にわかりやすい人よ」
そう言うと彼はタコ足のようにぐにゃぐにゃとしていた背中を真っ直ぐに伸ばして、酔ってりゃあもうちょっと優しくしてもらえるかと思ったんだがねぇ、と言って私の頬に触れた。
「ま、アンタは普段から俺には一等甘いがねぇ」
「そんなつもりはないのだけれど」
「自覚がないなら僥倖」
頬に手を当て、唇を寄せられる。それを黙って受け入れる。触れ合った一瞬だけふわりと酒の香りがした。少し距離が離れて、彼の顔にピントが合う。そうして、笑った顔が目に映る。
「……そう、かもしれない」
「……お?」
面白がるような顔つきになにも思わない訳でも、言いたいことがない訳でもないが……。
私は私が思うよりずっとこの男に弱いのかもしれない。

「私は、」
「アンタは?」
「……」
「……」
「……」
「……なんだよ?」
「いえ、今日はもう寝ましょう」
「……いやいやいやいや」
「やめて寄らないで」
「そんなこと言うなよぉ」
距離を取ろうとするたびに距離を詰められる。彼の胸元に腕を伸ばして突っぱねるが、その腕ごと抱きしめられる。

「いやぁ!アンタはもうちょい素直になるべきだと思うぜ俺は。ん?それで?アンタは?なんだって?」
「離して臭い」
「風呂入ったっつーの!」
臭いはやめろ!傷つく!
傷つけるために言ったの。
なお悪いな!

抵抗はしてみるが終いには腕の中に抱き上げられる。下手に暴れれば床に落ちてしまいそうで、仕方なく彼の腕の中で横抱きにされることを受け入れる。
「このままベッドに、」
「連れて行ってもいいけどそのまま寝るわ」
「……死姦じみたのは趣味じゃねぇからなぁ」
そう言って止まるあたりこの男もなんだかんだ甘い……のだろうか?いや、これは普通なのか?そもそも死姦とか言い出す時点で人としてどうなのか?どうなのだろう?わからない。

「ま、それは冗談としても、アンタからの言葉ならなんだって聞きたいってもんだ」
彼の髪が垂れ落ちて、私の肩に触れる。まだ乾ききっていないのか、しっとりと艶のある髪が一房目に映る。……彼の声だって聞こえている。
こんな風に他者から望まれた経験が無いためにどうしたらいいのかわからなくなる……というのは言い訳だ。多分彼の言葉は正しい。望まれた経験も、望んだ経験もないが、与えられた言葉の愛しさは知っていた。
「その言い方はずるいわ」

沈黙の無力さを知った。与えられることの喜びを知った。与えられたものに返したいという感情を知った。
「……私は、私が思うよりずっと貴方のことが大切みたい。……燕青」
昔に遠くから眺めていた価値のわからなかったものが、今になってようやく私の元にやってきたような。そんな気持ちだった。

「好き。燕青、貴方が好きよ」
思えば、彼が私に何度も言っていた言葉だった。これまでの私はそれになにを返していただろう。今更遅いかもしれないが、少しずつ同じものを返していけたらいい。

抱き上げられていた体がゆっくりと、いつかのようにソファの上にそっと降ろされる。すとんと背凭れに体を預けると、目の前の彼はそっと私から手を離して、その両手で彼自身の顔を覆った。

「……燕青、私今になって後悔してるの」
私の視線から逃げるように顔を隠して体を丸める彼の耳は風呂上がりかのように赤い。

「貴方のそんな顔が見られるのなら、もっと早くに伝えておけばよかったわ」

(2017.3.7)
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -