ハッピーアップルパイデイ



名前がアップルパイをホールで買ってきた。
「今日はアップルパイの日なのよ」
と、キッチンでアップルパイを人数分に切りわけた後、両手で運んできた名前はそう言った。
「日本アップルパイ協会という組織が一年の中で今日この日をアップルパイの日と決めたの。だから今日はアップルパイを食べましょう」
いつもの名前は真面目でしっかりしていて嘘をつくような人ではないものだから、修はそれが本当なのかジョークなのか判別がつかなかった。

「さすが名前。ものしりだな」
陽太郎は腕を組んでうんうんとうなづいた。
「わたし、はじめて知りました」
千佳はそう言って微笑みながらキラキラとした目でアップルパイを見ている。
「そんな日があるんだねー」
名前からパイを受け取った宇佐美はそれをみんなが囲むテーブルの上に置き、それぞれのお皿に配っていった。
「たまにはこんな日もいいな」
この場にいるそれぞれにコーヒーだったり紅茶だったりが入ったカップを渡しながらそう言ったのはレイジだった。
「そうなの!?知らなかった!」
小南はいつものように本気で驚いていた。
「知ってましたか小南先輩、アップルパイの日にアップルパイを食べなかったらこれから一生アップルパイを食べられなくなるんですよ」
烏丸が便乗して小南にそんなことを言ったが、これは完全に嘘である。「ええ!?そんなの大変じゃない!」小南はいつも通り素直に騙されたが。
「ふん、下らないな」
つまらなそうに吐き捨てたのはヒュースだったが、その手にはしっかりとフォークが握られている。
「アップルパイ、はじめて食べるな」
興味深そうに茶色いパイを眺めるのは遊真だ。そんな彼の様子を見て、嘘を見抜くサイドエフェクトを持つ彼が何も言わないということは嘘ではないということなのだろうか、と修は思った。

「おーっと、セーフかな?アップルパイの日おめでとう!……なんてな」
最後に部屋にやってきたのは迅だった。
そんな迅を見て小南が「ちょっと迅!早くしないとこれから一生アップルパイが食べられなくなるわよ!」と手首をブンブンと激しく手招いた。
「あっ、小南先輩、それ嘘です」
「えっ!?……ちょっととりまるーーー!」
騙されたことを知った小南が烏丸をガクガクと上下に揺らして怒りを示すのを、修は苦笑いで見つめた。
ふと名前を見ると迅と並んで「ボスは?」「まだ本部で仕事があるってさ」「じゃ、ボスの分は冷蔵庫に入れておきましょ」と話しているのが聞こえた。
迅が座り、パイを一切れ冷蔵庫に入れてきた名前も椅子に座ったことでとりあえず全員揃った。
それじゃ、と、誰がともなく顔を見合わせてみんな一斉に口を開いた。
「いただきます」

食事の時ほど団欒という言葉が合う瞬間を修は知らない。テーブルを囲んでみんながおんなじものを食べて、笑って、話して。
「遊真くん、はじめて食べるって言ってたけど、どう?おいしい?」
千佳が遊真にそんなことを尋ねれば遊真は、
「うむ、外はサクサクで中は柔らかで……うまいな!」
そう言って笑った。遊真がサクサクのパイをポロポロとこぼしてしまうのを見て修が膝の上にナプキン代わりにティッシュを数枚置いてやれば、迅は「さすが面倒見の鬼だなぁ」と楽しそうに目を細めた。
宇佐美と小南はレイジに「アップルパイ、作れる?」とキラキラとした目で尋ねている。きっとそのうち3時のおやつにアップルパイが出てくる日もそう遠くないだろう。
烏丸は、ついてなどいないのに食べカスが口元についているなどとうそぶいてヒュースをからかっている。「ヒュースをいじめるな〜」と烏丸を突撃する陽太郎にこそ食べカスが付いていた。

「買ってきて正解だったわ」
カロリーは少し気になるけど。そう呟いた名前に、迅は「アップルパイの日さまさまだな」と笑いかける。
「カロリーなんて気にする必要ないよ、名前はちゃんと痩せてるしな」
そう言って迅が名前の横腹を触った瞬間、名前のエルボーが迅の鳩尾に突き刺さった。「視えていたのに……避けれなかった……だと……」などと呻きながら崩れ落ちる迅に、名前は「次やったら法廷よ」と真顔で吐き捨てる。
それを見ていた女性陣は満場一致で迅が悪いとうなづいた。

◇ ◇ ◇

「あの、今日はごちそうさまでした」
玉狛支部の玄関で靴を履いた修は、見送りをしてくれた名前にそう言った。隣に並んでいた千佳もそれを習って頭を下げる。
「アップルパイの日だからね」
そう言って名前は気にするなとばかりに手をひらひらと振った。
千佳が先に玄関のドアを開けて外に向かったのを確認してから修は名前に声をひそめて尋ねた。
「……あの、名前さん」
「ん?どうしたの?修くん」
「あの、アップルパイの日っていうの、アレ、ほんとにそんな日があるんですか?」
もしもアップルパイの日なんてものがあるのならもっと世間でも話題になりそうなものだが……そう思ってずっと頭の片隅にあった疑問を口にした。すると名前はイタズラが成功したような顔でにやにやと笑った。
「修くん、アップルパイ美味しかった?」
「え?あ、いや、おいしかったです、すごく」
質問の答えではない返答が返ってきて、修は首をかしげる。たしかに今日食べたアップルパイはとてもおいしかった。アップルパイというものは案外普段なかなか食べることはない。今日名前が買ってこなかったら、きっと当分食べることはなかっただろう。
「今日がアップルパイの日だろうと、そうじゃなかろうと、今日食べたアップルパイの美味しさは変わらないでしょう」
「え……ああ、はい……うん?」
きょとんとする修を見てついに名前は口を開けて笑い出した。
「ハッピーアップルパイデイ、修くん。アップルパイはいいものだ。さあ、気をつけてお帰り」
千佳ちゃんのこと、よろしくね。そう言って名前が手を振ったものだから、修は「はあ……」と困った顔をしながら玄関のドアノブを曲げるしかなかった。

「……なんだか、体良くからかわれただけな気がするな」
「?どうしたの?修くん」
「ああ、なんでもないよ、千佳」
そろそろ暗くなってきた街を2人は並んで歩いた。
「おいしかったね、アップルパイ」
「そうだな……」
帰りにお店が開いていたらアップルパイを買って帰ろうかなと、修は家で帰りを待つ母を思った。
それはなんだか、とてもいいアイデアな気がした。

(2016.11.11)
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