拝啓 ぼくの魔法使いさま



お前がいなければ何もできないわけじゃない、とキッチンに立ったのが1時間ほど前だろうか。
その時はまさか1時間後の自分が換気扇をフル回転させてファブリーズ片手に部屋中をファブっているとは思いもしなかっただろう。今だってちょっと動揺している。
キッチンには黒焦げになったハンバーグが居心地悪そうに燻っている。もうすぐ17時を回る。名前が帰ってくるのも時間の問題だろう。

……ハンバーグはあいつに見つかる前に捨てるべきだろうか。
食材がもったいないのは分かっている。だが、このハンバーグは、ハンバーグと焦げの比率が1:5ぐらいだ。もはやハンバーグではなく、黒炭と呼んだ方が正しい気がしてきた。
この黒炭の処理をどうしようかと考えているうちに、2人で暮らすにはちょっと狭いワンルームマンションの玄関扉がばたーんと開く。奴が帰ってきてしまった。
この部屋のもう1人の住人は「ただいま」の「た」の形に口を開いたまま、まずファブリーズ片手に立ちすくむ俺を見て、それからギュンギュン回る換気扇を見て、最後に黒焦げのハンバーグを見て、にっかりと笑って言った。
「うん。察した」

◇ ◇ ◇

「あーーー、んんーーー、あーーーー」
「だから食べなくていいと言った」
「いや、イケる。ギリギリ食べ物だよ」
「うるさい」
「味の感想言おうか?」
「言わなくていい」
「まさに味の炭火鉢や〜」
「いいって言っただろう」

むくれる俺にあいつはヘラヘラと笑って「気にしないでよ」と言った。
「失敗なんて誰でもあるしさ。この失敗を次に生かせばいいんだよ」
「…………わかっている」
「この程度の失敗で、死ぬわけじゃないんだし」
「…………そうだな」
「そうだよ、人生長いんだから」
「…………ああ」
「この広い宇宙に比べたら些細なことだよ」
「…………だんだん適当になってないか?」
面倒くさくなってきたのか、だんだんと慰めが雑になってきている。
どうせ慰めるのならもっとちゃんと慰めてほしい。
思わずそんなことを口にしてしまった。
するとあいつは見ているこっちが腹立つようなニタァ〜っとした笑顔で絡んできた。
「おやおやぁ?寿一くんはもっとちゃぁんと構ってほしいと?」
「言っていない」
「照れんな」
「照れてない」
ニタニタと笑いながらこっちへ手を伸ばしてくるのにそっぽを向くが、ヘラヘラと笑っているのが見えなくてもわかる。
焦げくさい臭いがだいぶ薄れてきた部屋。空っぽになったハンバーグの皿。
彼女にはまだ、勝てそうにはない。

(2016.9.13)

友人たちからのお題「料理を失敗する福ちゃん」
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