グッバイピロートーク



「う、うう……女の子が苦手とか言ってた辻くんに抱かれてしまった……。やはり辻くんも男の子……夜は狼……いや、恐竜なんだね……」
「何言ってるんですか先輩。水飲みますか」
「飲む」
白いシーツを頭からかぶってベッドに転がっている苗字。子供がするハロウィンのお化けの仮装みたいで、辻からは苗字の顔も体も足元もすっぽりシーツに覆われてしまって肌色はちらりとも見えない。
先輩、と声をかけてペットボトルのミネラルウォーターを差し出すとシーツの隙間から腕だけがにゅるりと伸びてふらふらと空中を彷徨いながらも冷たいそれを受け取った。ちいさくありがとねぇと普段通りの声が聞こえる。と思ったら一転、苗字は泣いてるみたいな声を出し始めた。

「ううう……私は悲しいよ……」
「今更そんなこと言われても……」
辻には困ったような顔をした。
「覆水盆に返らずですよ。失った処女はもう戻りません。俺の童貞もしかりです」
「そっちじゃない……」
じゃあどっちだよ、と言う意味を込めて、シーツの上から苗字の背中と思われる部分を軽く撫でる。するとシーツお化けは、セクハラ……と呻いた。ので、尻と思わしきところをはたく。
「こうして私とセックスした辻くんは女性への苦手意識を無くし、私をヤり捨て、踏み台にしてもっと可愛い女の子と付き合うんだ……」
「いい加減キレますよ」
苗字の発言はおそらく冗談なのであろうが、不意にドスの効いた声が出てしまった。
「言っておきますけどね、俺は未だに先輩以外の女性とは0距離を保てませんからね」
言い聞かせるようにシーツに包まる先輩に声をかける。
「正直、2メートル以内に近づけないです」
「辻くんそれは流石にヤバイよ」
ヤバイのは辻本人もわかっているのだが、こればっかりは今すぐどうにかできる問題ではないのだ。オペレーターである氷見はまだなんとかイケる。もちろんイケると言っても会話することが可能なだけであって、肩を組めるだとか、3秒以上見つめ合えるとかそういうことではない。
ハードルの低さにげんなりされそうだが、隊に迷惑をかけないようにとこれでも随分成長したのだ。むしろ褒めて欲しい。

「だとしたらさ」
いつしかひょっこりとシーツから顔を出していた苗字は寝ころんだまま、ベッドサイドに腰を掛ける辻を見上げて言った。
「なんで辻くんは私が大丈夫だったんだろうね?」
きょとんとした顔でそんなことを言う苗字に、辻は思わずため息をつきそうになった。
ほんっとにこの人は鈍いのだから。
そんなのただ単に辻がどうしようもないぐらい苗字のことが好きだからだ。
女性が苦手だとか、会話できないとか、目も合わせられないとか、そんなことを超越するぐらいに彼女に惚れてしまったからだ。
今までの人生の中でこんなに自分のことがわからなくなるだなんて初めてだ。
知らなかった。恋がこんなに理屈で説明のつかないことだったなんて!

「先輩、それはですね。ただただ俺が、」
先輩のことが好きでたまらないからですよ、と続けようとした言葉は苗字本人によって遮られた。
「辻くん、だいじょうぶ。わかってるよ」
そういって彼女は微笑んだ。
「つまりは辻くんが私のことを女として認識していないってことだよね」
そういって彼女はさわやかな笑顔で親指を立てた。
辻はその指をそのまま曲がらない方向に曲げてしまいたくなった。
よくもセックスしたすぐあとにそんなことが言えるものだ。辻は頭を掻きむしって喚きたくなった。
チクショウ。辻はニコニコ笑顔の苗字をじっとりとした目で見つめた。
そんなに言うのならわからせてやろうではないか。その体に!
すでに童貞を捨てた辻に怖いものなどなかった。しいていうなら彼女の鈍感さが怖い。
いつのまにか雰囲気の変わった後輩に覆い被られて、苗字はようやく己の身の危険に気がついた。そのときにはもうなにもかもが遅いのだけれど。

「あっ、あのさ!辻くん!?」
「問答無用、です」

夜はまだはじまったばかりだ。

(20160713)
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