朝日に溶けたすべてのこと、いつか忘れる日々のこと



「夢を見た」
唐突で脈絡の無い私の言葉を無下にすることなく、唇にコーヒーカップを寄せた彼は微笑んだ。
「へぇ、どんな夢だったの?」
「それがねぇ、全然覚えてないんだよねぇ。だれかと話をした気がするんだけど」
「だれかと?」
「うん……遊戯くんに似てるような似てないような、かっこいい男の子だった気がする」
そう言うと遊戯くんは「かっこいい男の子なら僕には似てないんじゃないかな……」と洩らした。
彼の自己評価はなんだかとっても低いが、彼は彼が思う以上にかっこいい人なのだ。普段は穏やかだからそう見えないかもしれないけど。私はちゃんと知っている。今だって、カフェのテラスでコーヒーを飲んでるだけなのに、太陽の光を受けた彼の微笑はきらきらとしていてとても綺麗でかっこいい。……これは惚れた欲目かもしれないけれど。
似てるからかっこいいんだよ、と冗談みたいな声音で返しつつ、私たちは話を続けた。
「でももしかしたら、名前の言う彼は僕のよく知っている人かもしれないね」
「そうかな、そう思う?」
「なんとなくだけどね。それで、2人はどんな話をしたの?」
「いろいろ話をしたはずなんだけどねえ、あー、うーん、なんか微妙に思い出せないわ」
「まあ、夢ってそんなものだと思うよ?」
「そんなもんか〜」

そうこうしているうちに、やってきたウェイターが私の前にそっと注文していたレモンのタルトと伝票を置いて、スマイル0円の笑顔で頭を下げ、去っていった。
「一口貰っていい?」
「ふっふっふっ、遊戯くんだけ特別ですよ〜」
「わーい、うれしー」
なんて、些細なやりとりをして2人で笑う。
夢の中の男の子はかっこよかったけど、遊戯くんとはきっと違う人だろう。夢の中の男の子の自信と余裕のあるキリリとした笑顔は、目の前の彼の人の良さが凝縮されたような笑顔とはまた違う。
どっちも違って、どっちもいい。
まるでどこかの詩みたいなことを思って、愉快な気分になる。
今日1日だけで素敵な笑顔を2人分も見れたのだ。両手に花……ではないな。一刻千金……とも違うか。とにかく幸せがたくさんでとても幸せだと言いたい。
ふふふ〜とたまらずにやにや笑うと、遊戯くんも、名前 は今日も変なの、と言いながら笑った。

「ところでさ、遊戯くんって高校生の時どんな子だった?」
「また唐突だね……」
困ったような呆れたような顔をされるが、その表情も優しい。
言われてみれば確かに唐突な話題。けれども私の中ではなんとなく繋がりのある話題だったのだ。
夢の中の遊戯くんに似た男の子。高校生の時の遊戯くん。どちらも、私の知らない人の話。なんとなく、繋がりを感じる2人。

「普通のいじめられっ子な高校生だったよ」
「普通のいじめられっ子とは」
「あっ、でも僕をいじめてた子とは今では唯一無二の親友だよ」
「話聞くといつも思うけど、遊戯くんの来歴ってさりげなくかなり凄いよね!」
普通、自分をいじめていた人とは仲良くなれないと思うのに、本当に彼はとんでもない。
遊戯くんの伝説は他にもあって、海外を中心に活躍している人気急上昇中のダンサーと高校生のときから仲がいいだとか、大企業海馬コーポレーションの社長と既知の仲でよくデュエル大会に呼ばれるだとか、遊戯くん自身もすごいが彼の周りの人もすごい人が多い。
もはや、遊戯くんに「実は前に世界を救ったことがあってさ」なんて言われても驚かない自信がある。
は〜!と感嘆の声を上げていると、今度は遊戯くんがいたずらっ子みたいな笑顔をして「逆に聞くけど、名前はどんな高校生だったの?」なんて言って首を傾げた。
「どんなって、それこそ普通の女子高生だったよ」
「嘘だあ、絶対変な子だったでしょ」
「ちょっと!変ってなにさ!」
「あははは、ごめんごめん、怒んないでってば」
そうやって2人、光の中でふざけあって笑いあっていた。

夢の話をしたときに遊戯くんの浮かべた、2度と戻らない日々を指でなぞるような、穏やかで少しだけ寂しげな笑顔。
深くは離さなかったけれど、遊戯くんはきっと私が夢の中で出会った男の子のことをよく知っているのだろう。
いつか話してくれたらいい。
ずっと話さなくてもいい。


交わした約束はそれでも守り続ける。

◇ ◇ ◇

「相棒をよろしく頼むぜ」
光の中にとってもかっこいい男の子がいた。
なんだかとてもスマートな人で、肩にかけた学ランがやけに似合っていた。
こんなにも暖かくて優しい光の中、私の大切な人によく似た人は、全然似ていない笑顔でそう言った。
「相棒は強くて、優しいだろ」
よく知っているからな、と自信満々な顔のまま男の子は、うんうんと自分の中で確かめるようにうなづいた。
嬉しそうで幸せそうな彼の微笑みが、どうしてか私の涙腺を刺激した。
力強くて、それでいて、なんて、儚い笑顔。
「でもああ見えて案外泣き虫なんだ」
一度も彼の涙を見たことのない私は、曖昧にうなづいた。
それを見た男の子は、今はまだそれでいい、と優しい目をした。
「いつかそのときがきたら、涙を拭ってやってほしい」
俺にはできなかったことだからな。男の子は口を開いていないのに、そんな言葉が聞こえたような気がする。

私の大切な人。でも、私は彼の全てを知っているわけではない。私たちが出会ったのはほんの2年ほど前で、私にはそれ以前の彼を見ることは叶わない。
どんな子供だったの?なにが嬉しかった?なにが悲しかった?大切な人はいた?
私はあなたの涙を拭える人なの?

そんな私の朧げな不安を見抜いたのか、男の子は泣き出した子供を見るみたいに、すこし困ったような、それでいて人を安心させるような微笑みを浮かべた。

「共に過ごした時間なんて、大した問題じゃない。
大切なのは、どれだけ信じあえるかだ」

それだけの言葉で私は、彼らが過ごした一瞬のようで永遠のような日々を少しだけ感じることができた。
そばにいたのだろう。
寄り添うように。支え合うように。

そんな彼が私を信じてくれた。
だから私も彼を信じよう。

「相棒を頼むぜ」
彼はもう一度そう言った。
私は、ゆっくりと瞼を閉じて、それでいて確かにうなづいた。

この男の子は過去の遊戯くんのことを知っているけれど、これからの未来を歩む遊戯くんと共にゆくことはできない。
私は過去の遊戯くんを知ることはできないけれど、未来を共にゆくことはできる。
彼が私の、私が彼の代わりになるわけじゃない。
ただバトンをそっと、託すだけ。

「任せてほしい」
瞳を開く。
その言葉は確かな決意を持って紡がれた。
男の子の綺麗な瞳を真っ直ぐに見据えた私の言葉。
それを聞いて、男の子は微笑んだ。

「ああ……それなら、よかった」
満足そうに、泣き出しそうに、綺麗に笑った。

そうして光は収束する。
ふれれば切れてしまいそうな僅かな繋がりの糸を辿って来てくれたのだろう。
名前も知らない男の子。
一瞬のような邂逅。
それでも、君に会えてよかった。

もしもまた会える日が来るのなら、私の知らない遊戯くんの話をしてほしい。
私も君に、君の知らない遊戯くんの話をするから。

再び会えるいつかを願って、またね、と手を振った。

そうして夢から覚める。うたかたの夢から。


2016.5.15
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