心に垣をせよ #29 あの日を最後に俺はなまえ先輩に会っていない。声も聞いてない。笠松先輩たちは卒業してからもたまに来てくれたけど、事情を話してから、なまえ先輩というワードは一切出ていない。それにしても、「俺、なまえ先輩にしばらく会わないことにしたんス」と切り出した時の先輩たちの顔。凶悪犯罪者集団みたいだった。慌てて理由を話したら、笠松先輩や早川先輩は普通に聞いてたけど、森山先輩はにやにやにやにやし出し、小堀先輩はみるみる顔を赤くさせて、しまいには両手で顔を覆い「恥ずかしい…」と小さくもらした。 あれから2年。今日は3月17日。卒業式だ。引退する時はやっぱり泣いたけど、今日は涙、出なかったな。先輩たちも卒業する時こんな気持ちだったのかな、なんて泣き叫ぶ後輩をあやしながら思う。去年一昨年の自分が重なって懐かしい。そのあと、泣き叫ぶ女の子たちの相手もほどほどに、学校を出た。 「なまえ先輩…、」 今、家にいるかな。電話かメールでもすればいいのだが、なんとなく照れくさくて。…というかそもそも、なまえ先輩は俺のこと待ってくれているのだろうか。 「……………。」 俺、高校卒業したら、てずっと思ってたんス。先輩はもしかしたらもう待ってくれてないかもしれないけど。なまえ先輩、俺、今から先輩に会いにいくね。 −−− 久しぶりになまえ先輩と、ついでに笠松先輩の家の前に立つ。あれから、ここの道避けてたから。はー…緊張する…。心臓がうるさい。早川先輩よりうるさい。 ピンポーン… 震える指でインターフォンを押す。しかししばらく待っても応答がない。もう一度押してみる。 ピンポーン… ………応答なし。留守か、それとも中から俺の姿確認して居留守使ってるか。 「……………。」 仕方ない。明日、メールしてみよう。それで返って来なかったら、あきらめよう。…メアド変わってて送れなかったりして。苦笑いをこぼしながら方向転換をしようとしたところでガチャリとドアの開く音がした。 「…へ?なまえ先輩?」 見ると、なまえ先輩らしき人物がドアをわずかに開けて片目だけ覗かせていた。 『き…黄瀬…?』 2年ぶりに聞く先輩の声は震えていた。 「そ、そうッスよ…俺…黄瀬…ッスよ…」 『な、なにしにきた…の…?』 ちょ、聞いた?なにしにきたのだって!ですよね!今時彼女2年も待たす男がどこにいんだよ超ウケる。…2年間俺なりに頑張ったつもりなんだけど。そんなん知らねぇよ、って話だよな、なまえ先輩からしたら。 「…なまえ先輩のこと…迎えにきた…つもりだったんスけど…」 じわりと涙がにじみそうになって下を向く。 「ごめんなまえ先輩…、俺まだ…なまえ先輩のこと…その、好き…で………っ!?」 未練たらたら発言の途中でなまえ先輩がバッとドアを開けて駆けてきた。そのまま飛びつかれる。 「ちょっなまえ先輩!?」 とっさに先輩を受けとめる。先輩は俺の背中に手を回して顔を胸にうずめてぎゅうぎゅう力を入れてくるだけで何も言わない。 「……………」 『……………』 「……なまえ先輩、俺も手、まわしていいッスか…?」 『……………』 「……………」 『………わたし、きせ、すき。』 …その台詞、前になまえ先輩ん家で見た崖の上のなんとか、ってDVDであった気がする。なんて思いながらやっと、思いっきり先輩を抱きしめかえした。 「なまえ先輩……っ」 『……………っ』 「俺…もう先輩は待ってないんじゃないかって…」 『私こそ、黄瀬は…ほんとに迎えにきてくれるのかなって…ずっとこわくて…っ』 「…ごめんなまえ先輩…。待っててくれてありがとう。」 『…迎えにきてくれて、ありがとう。』 どちらからともなく、唇を重ねた。甘く、懐かしい。 『…黄瀬、おかえり!』 先輩は満面の笑みで言った。…なまえ先輩を忘れた日なんてずっとなかったけど、懐かしい。本当に俺、この人のこと好きだ。 「…ただいま。」 『修行できた?』 「…俺、バスケ超練習したんスよ。高一まで青峰っちっつーゴリラにずっと勝てなかったんスけど、引退までには何回か勝てたんス。初めて勝った時は超嬉しかったスよ。」 『うん。』 「それから、後輩が出来たり、先輩たちが卒業してからもいっぱいいろんなことあって…つらいこともあったけど、本当楽しかったッス。俺、海常バスケ部でよかったって、改めて思うんス。」 『うん。』 「あとね、ベンキョーも頑張ったんスよ俺。なんと!4月からなまえ先輩と同じ大学に通わしてもらうッス。」 『………え…』 「教育学部の体育科ッス。」 『…じゃあ、うまくいけばまたバスケできるんだね。』 「ッス!もー先輩国立なんていっちゃうから超大変だったんスからねー。」 『…だって学費安くあがるし。でも、おめでとう。』 「ありがとッス!…まぁ、学費安いし先輩いるしバスケできるしで俺も選んだんスけどね…。あ、それからね、俺モデルの仕事も結構頑張ったんスよ。それで貯金して…。今度、大学の近くに部屋借りようと思ってて…。よかったら先輩も一緒にどーかなー…なんて…」 『…私ね、オニオングラタンスープ作れるようになったよ、多分。…だから、引っ越した当日に黄瀬に食べてほしい。』 「…なまえ先輩、それって…」 『…うん。よろしく、お願いします…。』 「…俺、先輩とバスケとずっと一緒人生に近づけたッスかね?」 『…うん。3ミリぐらい。』 「えぇっ!?」 『それより、2年分、これからきっちり埋め合わせてよね。』 「まかせてくださいッス!むしろ覚悟しろよ?って感じッスね。」 『臨むところだよ。』 ニッと笑い合って、それからまた先輩と、今までの話やこれからの話をすべく2年ぶりの先輩宅にお邪魔する。でもその前に、笠松先輩ん家の、今は閉まっている2階のカーテンに向かって、ありがとうございましたと、心の中で言っておいた。笠松先輩。それから、森山先輩、小堀先輩、早川先輩。…俺、幸せになるッスよ! 『黄瀬ー?』 「はいッス!いま行くッスよー!」 Fin. 心に垣をせよ * * * 黄瀬と先輩って以外ノープランで始めたら自分でも何が書きたいのか分からなくて、そのまま終わりました。この作品を通して学んだことは、私に長編は向いていない、ということですね。 この人たちは年中無休で死ぬまでいちゃいちゃするので、一生の付き合いになりそうな海常バスケ部OBのみなさんは死ぬまでギリィ…ってなります。この先、黄瀬くんは大学出た後に海常高校に就職して、現むちむち監督の跡をつぐ予定。よってOBだけでなく未来の海常バスケ部のみなさんもギリィ…ってなる運命なのだよ。もしかしたらそのうち小堀先輩あたりのお子さんとか入部してきたりしてね。妄想はいくらでも膨らみますが文に出来ませんすみません。 ここまで読んで下さってありがとうございました〜* #30は会話文のみのオマケです。 2012.12.10 |