心に垣をせよ #02 翌日、俺がジュースを買いに購買部にある自販機まで行くと、あの人がいた。 「あ、」 『…あ、黄瀬だ』 「どもッス…」 『本当に次の日に会ったねー私まじでもう会わないと思ってたー』 「え」 『何買いに来たの?』 「えっと、コーヒーを…」 『え、黄瀬コーヒー飲めんの!私まだ飲めないよ苦くて!』 「え、いや」 そんな会話をしながらも彼女は自販機にお金を入れ、コーヒーのボタンを押す。え、コーヒー?コーヒー飲めないんじゃ… 『はい』 「え、」 『私の奢り』 「…え、いやそんな」 『なんだよもう買っちゃったんだから貰ってよー私コーヒー飲めないんだってば』 「…じゃあ、頂きます…」 『はい、どうぞ』 「……………」 なんだか、ずっと彼女のペースだ。経験が無いからわかんないけど、ボロ負けする試合ってこんな感じなのだろうか。ずっと相手のペース、手も足も出ない、みたいな… 『黄瀬ってさ、口数少ないしあんま笑わないんだね』 「え?」 『だってそうでしょ?さっきから私ばっか話してるし、一回も笑ってないよ』 「…俺、高校入ってからそんな風に言われたの初めてッス!」 そう言って笑ってみる。 確かに笑っていなかったかもしれない。そんな風に言われたのは初めてだと言ったが、こんな風に振る舞ったのが初めてなんだから当たり前だ。別に好きでこんな態度とった訳じゃないけど。 『え、いいよ無理に笑わなくて』 「…え」 『友達に黄瀬のこと聞いたらさ、明るくていつも笑ってて身長も高くてかっこいい!って話だったから。話とちょっと違うなーって思っただけ。本当に有名なんだね。みんな知ってたもん黄瀬のこと。』 「……………」 『私別に黄瀬のファンとかじゃないから、こんな黄瀬でいて欲しい!とか無いし。だから気使わなくていいよ。笑いたい時に、笑って?』 「……………」 『じゃあ私教室に戻るから。ばいばい』 彼女は自分のいちご牛乳を飲み干し、くるりと俺に背を向けて歩きだした。 「…あ、あの!!」 咄嗟に彼女の腕を掴んで引き止める。 「…えっと、コーヒー、ありがとうございました…」 あれおかしい。確かに奢って貰ったお礼はまだ言っていなかったけど、他に言いたいことがあったはずなのに。 『…ふふ、どういたしまして。じゃあね』 そう言い残して彼女は俺から離れていった。 もう一度彼女を呼び止めることは出来なかった。 彼女の二の腕の細く柔らかい感触だけが、俺の手の中に残った。 * * * 2012.9.14 |