心に垣をせよ #26 あれから、なまえ先輩と一緒に手を繋いで帰った。 帰ってからは、一緒にお昼ご飯を作った。俺の唯一の得意料理であるオニオングラタンスープを、なまえ先輩は美味しいと言って食べてくれた。なまえ先輩が作ってくれたシチューは、優しい味がした。2人で台所に立つのが、2人で食事をするのが、嬉しくて、幸せで。 それから、また朝みたいにソファに座ってテレビを流しながら、いろんな話をした。俺のこと、笠松先輩のこと、なまえ先輩のこと。 その中でも特に俺の気を引いたのは、なまえ先輩の進路の話。そうだ、なまえ先輩も笠松先輩も、森山先輩も小堀先輩も、みんな3年だった。どうやらなまえ先輩には行きたい大学があるらしく、今はそこそこ受験勉強というものもしてるらしい。こないだまで義務教育を受けていた俺からすれば、センター試験とか、もっと年上の人たちが受ける、俺にはまだまだ縁の無いものだと思っていたけど、そうでも無いらしい。あーあ、こないだ受験したばっかなのに俺もまたすぐ受験か。そう呟くと、『黄瀬はまだ一年生なんだから、今やりたいことだけ考えてればいいの。笠松だって、まったく考えてない訳ではないんだろうけど、バスケ食事睡眠以上には考えてないよ多分。』と言われた。まぁ、笠松先輩らしいっちゃ笠松先輩らしい。 でも、前に、「バスケ関係の仕事に就ければいいんだけどな、そう甘くはねぇんだよ」なんて言ってた気がする。 森山先輩と小堀先輩が部室で、「俺理系なのに数学出来ねぇどうしよう」「俺文系なのに古文読めねぇどうしよう」「「つーか英語意味分かんねぇどうしよう」」「受験ヤバくね?」「ヤバい」「俺ヤバいと思って机に向かうんだよ」「あぁ。でも…」「「気づいたらボール触ってんだよな〜」」なんて会話をしてたのを聞いた気がする。 みんな…考えてんだな。俺、今まで考えたこと無かったな。 俺だって、ずっとバスケしてたい。けど、たとえプロになれたってそんなことは出来ない訳で。勉強して大学に入るっていったって…ぶっちゃけ俺、そこまで頭良くない。じゃあ、今なんとなくやってるモデルをそのまま本職にするのか。…いや、残念ながらそんな気にはなれないし、第一それこそ、そんなに甘くないだろう。…あれ、俺…どうすんの? 「!」 突然、なまえ先輩に頬を抓られた。 「なまえ先輩いひゃい〜っ、もーモデルの顔に何するんスか〜」 『だって黄瀬が変に切羽詰まった顔してたから。それに、黄瀬のほっぺは私のなんだから、私には抓っていい権利がある。』 先輩は真面目な顔をして言った。 「…………ぶはっ、何スかそれ。」 『違うの?』 「違わないッス。」 『よろしい。』 「………ねぇなまえ先輩、俺、バスケとなまえ先輩が好き。」 『…?』 「だから、ずっとバスケしてたいし、ずっとなまえ先輩といたい。」 『うん?』 「でも、今の俺のままじゃ、どっちも無理だと思うんス。」 『……………』 「だから、どっちともずっと一緒にいられるように俺変わるッス!」 『……どうやって?』 「え、…えぇぇえっとぉ…、それは今考え中ッス…」 『…ふふ、笠松にも見習わせたいものだね。』 「笠松先輩は…なんだかんだ言って、絶対考えてるッスよ…」 『そうだね。』 「え?」 『笠松は将来のこと考えてない訳じゃない。ただ、それ以上にバスケのこと考えすぎなだけ。』 「笠松先輩もバスケ好きッスからね。」 『本当、私の周りはバスケバカばっかりだよ。』 「いいことじゃないッスか。」 『……………。…あれ、もう暗くなってきてる。』 「え?」 『ごめんちょっと洗濯物取り込んでくる!』 なまえ先輩は小走りで庭に出た。 いつの間にか、日が短くなってたんだな。時間は、確実に過ぎていっているんだ。俺が、したい事全部するつもりなら、一秒だって無駄に出来ないじゃんか。 やっぱり、なまえ先輩は凄い。バスケ以外でこんなに刺激を受けたのは初めてだ。 『黄瀬の分だけ畳んじゃうから持って帰ってー…あ、シャツ!アイロンかけた方がいいよね?』 「もう十分スよ。なまえ先輩の愛がかかってるッスから!」 『死ね』 「ヒドッ!………なまえ先輩、ありがとう。」 『……どういたしまして。』 「じゃあ、そろそろ俺帰るッス。」 『そうだね。明日からまたバスケ三昧なんだし。』 「…ねぇなまえ先輩、今日帰る時にプレゼントがあるって言ったの…覚えてる?」 『…忘れてた』 「やっぱり。」 『…と、とりあえず玄関まで送るね。』 −−− 『やっぱり…少し寒くなってきたね。』 「あと1ヵ月もすれば冬ッスからね。」 『早いなぁ…』 「…プレゼント、」 『え?…あぁ、また忘れてた。何くれるの?』 自分の心臓がうるさくなってきた。 向かい合って、先輩の右手に俺の左手を、先輩の左手に俺の右手をそっと絡める。 『…? 黄瀬?』 「なまえ先輩、目閉じて。」 『…え…、』 超が付くほど鈍いなまえ先輩も、流石に俺が何をしようとしてるのかわかったのだろう。頬を染めて、目閉じてって言ったのに目を見開いている。先輩はそこから、迷っているように目を伏せていたが、やがて、決心をしたように、そっと目を閉じた。 ゆっくりとなまえ先輩に近付いていく。 目を閉じる。 そして、なまえ先輩の柔らかそうな唇に自分の唇をそっと押しつけた。 一呼吸置いてから、ゆっくりと唇を離し、目をあける。 『……………』 「……………」 『…プレゼントって、これのこと?』 「…貴重な俺のファーストキス…ッス。」 『…本当にファースト?』 「もちろんッスよ!…先輩は…?」 『…初めてに、決まってるでしょ。』 「…へへ。なまえ先輩、ほっぺだけじゃないんスよ?俺の手も、唇も、全部なまえ先輩にあげる。俺はなまえ先輩のものッス。」 『……………』 「へへ。じゃあ、俺もう行くね。」 『………うん、』 そっと、手を離す。 「ばいばい先輩!」 『うん、また明日。』 それからずっと、家に帰っても、風呂に入っても、ベッドに入っても、手や唇や全身に残るなまえ先輩の感触は消えなかった。 …甘い。 * * * 2012.11.06 |