心に垣をせよ #25 なまえ先輩は、本当にスーパーの100メートル手前で手を繋ぐのをやめた。 『…黄瀬、もういい離して』 「えぇっ 俺はもっと繋いでいたいッス!」 『やだシバく』 「えぇぇっ」 仕方なく、渋々手を離す。 『ほら、もうスーパーすぐそこだから』 「……………」 口を尖らせてみるけど、丸無視された。 『何がいいかな』 俺の隣で先輩がカートを押しながら歩く。なんだか結婚したみたいでこそばゆい。 『…ちょっと聞いてんの?ってか何一人で笑ってんの』 「へへへ、なんだか俺たち結婚したみたいだなって」 『死ね』 「ええぇなんでスかー!」 …なんて形だけの抗議をするけど、もう見なくてもわかる。先輩絶対今顔赤い。 「……………」 『……………』 「…じゃあ俺、特製のオニオングラタンスープ作ろうかな」 『…なに、それ』 「俺お気に入りの一品ッス!あ、先輩食べたこと無い?」 『無いよ。それグラタンなのスープなのどっちよ?』 「うーん…スープ?」 『…じゃあ、私シチュー作ろ』 「おぉ…なんか栄養満点!って感じッスね!」 『黄瀬くん病み上がりだからね』 「えっ」 −−− 「お会計1982円になります」 お昼作るのに必要な物と、なまえ先輩ん家に必要な物とをカゴに入れてレジに並ぶ。 俺は財布から野口さんを2人召喚する。 『え?』 「2000円お預かり致します。18円のお返しになります。ありがとうございます。」 「どうも」 『え、ちょ、え?』 先輩は財布を手にしたまま、戸惑っている。 「今日は俺が払うッスよ」 カゴをカートに移して運びながら答える。 「ずっと先輩にご馳走して貰いっぱなしだったッスから。男としてのプライドッス!」 『でも、それお昼分だけじゃないし…』 「なまえ先輩、俺、稼いでるッスから。」 先輩にニコリと笑いかける。 『…そっか。じゃあ、お言葉に甘えて。』 先輩は面食らった顔をしたけど、すぐに微笑んだ。レジ袋に買った物を入れながら、あぁ、稼いだ金ってこういう風に使うんだ、と今更ながら思った。 「俺がこっち持つッスから先輩そっちね」 『…いや明らかに重さ違うんだけど』 「気のせいッス!」 『おい病み上がり』 「リハビリッスよー!それより、はい」 『…なに?この手、』 「手繋ご!」 『…100メートル歩いたらね、』 −−− 「あー俺もう死にそう」 帰り道、手を繋ぎながら呟く。 『えっ なに具合悪いの!』 先輩がバッと俺の方を見る。不安の色濃い表情をしている。 「幸せすぎて…死にそう」 『…………なんだ、』 先輩は俺の答えを聞いた途端に、安堵なのか呆れなのか、はたまた両方なのか判断のつかないため息をついた。 「…心配した?」 『しない』 「……へへへ」 『…何だよ』 「何でもないッス!」 『……………』 口にはなかなか出してくれないけど、こうやってなまえ先輩は態度で示してくれるから。あぁ、好きなのは俺だけじゃないんだって思える。 「えへへ」 『…私も幸せ、だよ』 「…え?」 『何でもない!』 「……………っ」 でも、偶に口も素直になる。本当、急に素直になるの、やめてほしい。心臓がいくつあっても足りないから。 * * * 2012.10.31 |