心に垣をせよ | ナノ




心に垣をせよ #19




ピピピッ


『はい見せて』


なまえ先輩への愛を一通り伝え終えた俺は、再び体温計を大人しく手渡す。


『うんうん、下がってきてる。』


先輩は満足そうに頷き、それから俺に37.6℃と表示された液晶を見せる。


『このままいけば月曜には死ぬまで練習出来そうだね。』

「明日から出来るッス」

『無理ッス』

「無理じゃな…え?」

『ぶり返したらどうすんの。バカじゃないの。』


んんん?おかしい。さっきまでの雰囲気はどうした。


「あの…先輩?どうしたんスか?」

『何が?』

「さっきまで俺たち超いい感じだったじゃないスか!」

『いや私も慣れないことに気が動転してたんだと思うよ。最近慣れないこと続きでおかしくなってたけど黄瀬、思い出してみなさい初対面の時の私の態度を。』

「……………」


…すげぇバカって言われた。そうだ俺。初対面の女の子に超格好良いと言われたことはあっても、すげぇバカって言われたのはあれが初めてだった。っていうか俺の存在すら知らなかったしこの人。青峰っちですら知ってたのに。そして別れ際には、もう会わないと言われた。


「…先輩ヒドッ」

『でしょ。なんてったって笠松と同じ環境で育ったんだから。』

「……なまえ先輩って笠松先輩と似てるとこ結構あるッスよね」

『じゃあもし笠松が女の子だったら笠松は黄瀬と付き合ってたかな』

「……………」


何も言えねぇ。


『……何とも言えない顔すんね』

「いいじゃないスか、もしもの話は。俺の彼女はなまえ先輩ッス。」

『………あっそ、』


あれ、先輩そっぽ向いちゃった。


「…なまえ先輩?」


少しベッドから身を乗り出して先輩の顔を覗き込んでみると、なんと赤かった。


「…なまえ先輩照れてる…!!」

『うるさいよ』

「なまえ先輩ってこんな照れ屋だったけ…?なんか今まではもっとこう…弄ばれた気がするんスけど」

『なんか…付き合うとなると…急に意識しちゃうというか… っていうか照れてないから!バカじゃないの!』

「なまえ先輩…!!」

『? 何よ照れてないからね』

「可愛い…!!」

『っ!!』


前に先輩に何度か言われた言葉を、今度は俺が言う。抱きつきながら。今までは先輩が遥か上空に感じてたけど、今は肩を並べている気がする。なまえ先輩と、立場が対等。


『黄瀬!離してよ!あと先輩に向かって可愛いとは何だ!』


なまえ先輩は俺を引き剥がそうとぎゅうぎゅう押し返してくるが、こんな抵抗あって無いようなものだ。笠松先輩の日頃の愛ある暴力がまさかこんなところで役に立つとは。


『そうだ黄瀬お腹減ってるんじゃない?それでこんな暴走してるんだよ!』

「俺は赤ちゃんスか。」

『こんなでっかい赤ちゃんいらねぇ』

「んー…でもそうッスね。ちょっとなんか食べたいかも。」

『はいこれ。笠松プリン。これ食べて寝て少し冷静になろう。』

「あーんしてほしいッス!」

『出来るかぁ!!』

「えーなんで!! 先輩さっきやってくれたじゃないスかー!!」

『さっきの黄瀬は可愛かったし辛そうだったもん!今の黄瀬うざいし元気じゃん!』

「なまえ先輩…俺…死に、そう…」

『じゃあ死ね』

「なんでスかー!!」

『ほら元気もりもりじゃん!』

「ね!なまえ先輩お願い!食べさせてくれたら大人しく寝るッスから!」


手をこすり合わせて全力でお願いをする。


『……………』

「……………」


目をぎゅっと瞑り、お願いをする。


『……食べたら大人しくするんだよ、』

「っ! するする!俺死んだように大人しくするッス!」


先輩が了解してくれた瞬間に、勝手に顔がパアッと明るくなるのが自分でもわかった。モデルが自分の表情操れなくてどうすんだって思うけど、なまえ先輩の前じゃ無理だ。気持ちがそのまま顔に出てしまう。


『はい、口あけて』


先輩が、プリンを掬ったスプーンを、俺の口の前まで持ってくる。さっきは熱が高くて何も考えられず、出されるままに口を開けてたけど、これって…


「超幸せ…!!」

『早よ口あけろ!』


これ以上照れさせると食べさせてくれなくなりそうなので、この辺で大人しく口を開ける。


「すっげ甘い…」


普通の市販のプリンなのに。


『え?なんでだろ… 笠松プリンだからかな?いやでも笠松プリンって聞くとなんか辛そうだよね?』


…確かに。それか苦いか酸っぱいか。少なくとも甘くは無さそうだ。


「…なまえ先輩が食べさせてくれるからじゃないスか?」

『え?』

「ほら、好きな人に食べさせてもらうと美味しく感じるとか甘く感じるとか言うじゃないスか!」

『いや味は変わんないっしょ。不味いものは不味いっしょ。』


…先輩、それ笠松プリン全否定。笠松プリンって笠松先輩が買ってきた普通のプリンだから。それだけで味変わんないって。


「…先輩、プリンとスプーンかして」

『? 自分で食べるの?』


先輩からプリンとスプーンを受け取った俺は、自分の手でプリンを掬い、それをなまえ先輩の口元へ持っていく。


『へ?』

「なまえ先輩、あーん」

『……いやいやいや、え?』

「先輩も食べてみて」

『…なら自分で食べ』

「先輩!あーん!」

『……………』


俺の駄々はしつこい、ということをつい先程学習したなまえ先輩は、さっきと比べると大分早い段階で折れ、口を開けた。なまえ先輩がスプーンに口をつける。


「へへ、間接ちゅー」

『……………!!』


先輩の顔から火がでる。
あれ、もしかして…


「気づかなかったんスか…?」

『気づくかボケェ!』


なまえ先輩怖ぇぇ…!!
これちょっと目を離したら本当誰に何されるかわかんねぇ。…まぁそれは俺が目を離さなければいい話で。問題は、俺が、なまえ先輩に食べさせた、笠松プリンの感想だ。これで普通のプリンだって言われたらどうしよう。辛いなんて言い出したら、俺また笠松先輩に嫉妬しちゃう。


「………それで、味は?」

『……………甘い』





* * *

2012.10.04




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