心に垣をせよ | ナノ




心に垣をせよ #15




「ん…」


自然と目が覚めた。今日はオフなので目覚ましはかけなかったのだ。カーテンの隙間から差し込む光が少し眩しい。今何時だろ。


『んー…』


いつも枕元に置いている携帯を取ろうと少し動いたら、なまえ先輩の声が聞こえてきた。
…そうだった。ここはなまえ先輩の家だった。段々頭が起きてくる。俺は昨日あのままなまえ先輩を抱き枕にして寝てしまったらしい。先輩は俺の腕の中で、まだ眠っていた。
起きたら好きな人が隣にいる。こんな幸せなことは無いと思う。先輩の頭を撫でる。


『んぅ…』


あ、やべ。起こしちゃったかな。
先輩の瞼がゆっくりと持ち上がる。


『き、せ…?』

「…すいません、起こしちゃったッスね…」


先輩の朝起きての第一声が俺の名前だってことが嬉しくて、すいませんと言いながらも手はどけない。


『…そっか私昨日黄瀬と寝て…』

「すいません俺先輩のこと抱き枕にしちゃったみたいで…苦しくなかったスか?」

『うん大丈夫ー 黄瀬、おはよ』

「…おはようございます」


どうしよ俺。今すっごい幸せなんだけど。幸せすぎてなんか頭クラクラする。


『…黄瀬なんか…熱くない?』


…それは先輩が俺の腕の中にいるからッス。
そんなことを思っている間に先輩の手が俺の額に触れる。そしてその瞬間俺の手をほどいて「ちょっと待ってて」と言ってベッドからも部屋からも出て行ってしまった。もう少しあのままでいたかったのに。


『黄瀬、これでちょっと熱測って』

「……………」


手渡されたのは体温計。そうか先輩、俺が風邪引いたと思ったのか。全く心配性だなぁ。


ピピピッ


『はい見して』

「……………」


大人しく体温計を渡す。どうせ37℃いくかいかないかぐらいでしょ、


『…………黄瀬くんこれを見たまえ』

「……………げ、」


体温計の液晶が写した俺の体温は38.7℃。いくらなまえ先輩が腕の中にいて幸せだからって、ここまで体温は急上昇しないだろう。


『風邪引いたね、』

「…引いてないッス」

『やっぱり昨日無理矢理でも黄瀬を先にシャワー行かせるべきだったな』

「先輩俺風邪引いてない」

『…じゃあどうしてこんなに体温高いの』

「…それ平熱ッス」

『…バスケやるとみんな意地っ張りになるの?』

「だって俺元気ッス、よ…、」


ベッドから起き上がろうとしたら途中でやっぱりぐらっとして、なまえ先輩に支えられた。


『ほら、』

「……………」

『今日は寝てなさい、』

「…………ッス、」

『よし、いい子。』


先輩に頭を撫でられる。


『とりあえずお腹に何か入れないとね。昨日から何も食べてないから。何があったかなー…、ちょっと見てくるね、』


風邪引くの…久しぶりな気がする。俺昔熱出したらどうしてたっけ。…あぁ、とりあえず寝てたな。熱さま貼って、枕元に水だけ置いて、寝てた。
親は昔から家には滅多に帰って来なかったから、誰に看病されることも無く、熱が引くのを一人で待ってたんだ。


『黄瀬ー、』

「先輩…、」

『はいこれ。濡れタオル。おでこの上乗っけとくよ。』

「ん…、」


冷たくて気持ちいい。


『それからね、黄瀬が食べれそうなの何も無かったからちょっと買い物行って来るね、』

「…すいません、」

『大人しく寝てるんだよ、』


あぁ、行ってほしくないな。ずっとここにいてほしい。そんなことを思っていたら、勝手に腕が伸びてなまえ先輩の手を掴んでしまっていた。


『…黄瀬?』

「え…、あっすいません!」


急いで手を離す。


「何でもないんス!俺ちゃんと寝てるんで、」

『……………』

「………なまえ先輩?」

『……やっぱやーめた!』

「え?」

『私ここにいる。』

「…え」

『買い物には笠松に行ってもらおう。』

「……え、」

『…もしもし笠松?おはよー。うん、ちょっと家まで来てー、部屋にいるから。うん。待ってるー』

「………先輩なんで急に… 俺ちゃんと寝てられるッスよ?」

『だって黄瀬が行かないでって顔したんじゃん』

「え、うそ…」

『ほんと。…まぁ病気になると人肌が恋しくなるって言うし?昨日は黄瀬が私のこと元気にしてくれたから、今日は私が黄瀬のこと元気にする。』

「…俺、」

「あんだよ朝っぱらから呼び出しやがって」

『あ、笠松おはよー』

「……………」


ノックもせずに女の子の部屋に入るあたり、流石笠松先輩。


『笠松これハンカチ、この前忘れてったよー』

「あ、ねぇと思ってたらここにあったのか」

『でね、ついでに買い物に行ってきてくれないかな、』

「は?」

『黄瀬が熱を出しまして。』

「……………」

『……………』


え、何この沈黙。ってか笠松先輩めっちゃ俺のこと見てるんだけど。


「………わかったよ。何買ってくりゃいいんだよ」

『ふふ、ありがと。えっとねー、卵とスポドリとー…、あとゼリーとかプリンとか果物とか適当に。』

「…ったく…」

『よろしくー』


パタン…


「…なんかすいません」

『え、なにが?ってか黄瀬、家に連絡とかしなくて大丈夫?』

「あ、ウチ今誰もいないんで大丈夫ッス」

『え?お母さんとかは?』

「ウチ親仕事でほとんど家にいないんス、昔から。だからまぁ実質一人暮らしみたいなもんで…」

『昔からって… じゃあ今まで熱出したりとかしたらどうしてたの?』

「治るまでひたすら寝てたッス」

『…一人で?』

「? はい、」

『…そう、だからか。』

「え?」

『…ううん、何でもない。今度から風邪引いたらウチおいで。』

「…え、」

『…風邪引いてなくても、ウチにご飯食べに来たり泊まりに来たりして。』

「えっ、そんな悪いッスよ…」

『…ご飯とかいつもどうしてるの』

「え、…自分で作ったりもしますけど…まぁコンビニだったり職場の弁当分けて貰ったり、とか…」

『……………』

「…なまえ先輩?」


なんでそんな、悲しそうな、悔しそうな顔するの、


『…絶対ウチ来てよ。毎日でも。』

「…先輩?どうしたんスか?」

『…黄瀬はさ、何でも出来ちゃうし、熱が出ても一人で我慢してきて…。今まで、ずっと一人で生きてきたって感じだね。』

「……………」

『でも、最近考え方変わってきたんじゃない?笠松言ってたよ。黄瀬、入ってきたばっかの時とは違うって。俺たちのこと少しずつだけど頼るようになってきたって。嬉しいって。』

「…笠松先輩が嬉しいって言ったんスか?」

『…正確には私から見て笠松が嬉しそうだった、かな?』

「……………」

『で、さっき寂しそうな顔したし。』

「…してないッス」

『えー、したよ。だから、黄瀬は、今まで一人で生きてきたけど、本当はもっと人と繋がりたいんじゃない?』

「……………」

『もっと堂々と、周りを頼っていいんだよ。』

「……………」

『黄瀬、私に言ったじゃん。俺を頼って、って。だから、私のことももっと頼ってよ。』


熱のせいで頭がおかしくなっているのかな。なんだか無性に泣きたくなった。小さい頃ですらそんなこと無かったのに。
先輩の言葉が俺の心の表面に穴を空ける。その穴から、今まで心の上に乗っかったままだった先輩の言葉やかつてのチームメイト、黒子っちの言葉が、俺の心の中まで流れ込んでくる。
そうか、みんなが言ってたのはそういうことだったんだ。黒子っちの考え方を否定しておきながら、俺はずっと黒子っちとおんなじものを求めていたんだ。


「…なまえ先輩、」

『なーに?』

「また来てもいいスか、」

『むしろ来ないとシバく。』


笠松先輩みたいなことを言いながら、なまえ先輩は嬉しそうに笑った。





* * *

2012.9.28




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