心に垣をせよ #14 「…あれ?」 『ん?どうかした?』 「これ…」 ふと、写真の隣に目をやると、この部屋には不釣り合いな、っていうかどう見ても男物のハンカチが置いてあった。 『え?あぁそれ。笠松の忘れ物。返そうと思ってるんだけどさー。』 …さっきまで幸せだった気持ちが一転、なんかちょっと悔しくなってきた。とりあえず鞄を漁ってみる。 『…黄瀬?』 「あの、俺これ忘れてくんで置いといて下さい」 そう言ってもう一枚あったTシャツを置く。 『えぇ黄瀬なにそれどういうこと!?』 「さあなまえ先輩もう寝ましょう俺眠いッス!失礼します!!」 自分の行動に自分でもよく理解出来ないまま、ごまかすようになまえ先輩のベッドに潜り込む。こういうのは勢いが大事だと思うんだよね。 『…え、』 「さあなまえ先輩どうぞ!」 もう一人分のスペースを無理矢理作って、ばさりと布団を片手でコウモリのように広げる。 『……………』 「…先輩?」 あれ、なまえ先輩…照れてない?さっきの写真の笠松先輩みたいに目を合わせてくれない。っていうか顔…ちょっと赤くない?あれ、恥ずかしがってる? 『…いや、一緒に寝てって…そういう意味で言ったんじゃなくて…』 「…へ?だって笠松先輩…」 『笠松がいつもやってくれるのは…ベッドの端に座って私が寝るまで手握ってくれるだけでして…私が寝たあとはいつも隣の部屋で寝てます…』 「……………」 『……………』 「……………」 『……………』 「うわあぁぁあぁあぁぁ!!俺なんて出過ぎた真似を!!」 恥ずかしい!! 人生で一番恥ずかしい…!! いやでも一緒に寝てって普通こういうことでしょ!!ってかむしろそれ以上を期待する男は世にごまんといるはずだ!! いやでも待てよ俺。なまえ先輩と笠松先輩の基準で考えるとだな…いやわかんねぇし!!この人たちの基準俺わかんねぇ!! とりあえずベッドから光の速さでどく。今なら青峰っちでも抜ける気がする。 『…いや、やっぱおんなじ布団で寝よ』 「…え゛!…いいんスか、」 『うん。はい戻ってー』 「……………」 …なまえ先輩がいいと言うので、再び俺はベッドの上でコウモリのポーズをとる。 「…どうぞ」 『…失礼します』 なまえ先輩が俺の横に控え目に寝転がる。控え目と言っても、既に彼女のシングルベッドには俺がいるので、必然的にかなり近い距離になるのだが。 持ち上げていた布団を先輩にかける。 「…どうスか、」 『…なにが?』 「…寝心地?」 『…なんかふわふわする…ってか、大丈夫?』 「え?」 『もっとリラックスしたら?』 …先輩に布団をかけた後の俺の姿勢はというと、真横を向いて気をつけピッ!である。だって、脚とか曲げたら先輩に当たっちゃうし、手もどこに持ってっていいかわかんない。 「…なまえ先輩は大丈夫なんスか…」 『え?』 「…先輩もさっきちょっと…恥ずかしがってたじゃないスか…」 『違うし!ちょっとびっくりしただけだし!それにもう吹っ切れた。』 「早っ!」 『なんかもう今更って感じじゃない?恋人繋ぎなんかしちゃってさ、抱きしめあっちゃってさ、まぁ同じ布団で寝るぐらい大したこと』 「あるッスよ!ねぇ先輩聞いて!男って怖いんスよ?笠松先輩みたいな人ばっかりじゃないんスよ?むしろ今日先輩を連れてった様な奴の方が多いんスよ?」 『……黄瀬も?』 「え?」 『黄瀬は違うでしょ?』 「……………」 『私、黄瀬じゃないと同じ布団で寝ないよ。恋人繋ぎもしたくないよ。されちゃったけど…ぅわ!』 がばりと先輩に抱きつく。 「ほら…思わず体が動いちゃったじゃないスか…」 『…黄瀬はいいの。優しいから。』 「え?」 『黄瀬はさっきの人と全然違うよ。私と話すのも、私に触るのも、全部優しいの。』 そう言って、自分に回された俺の腕に手を添えた。 「…なまえ先輩、ほんとに、もう知らない人に付いてっちゃ駄目ッスよ」 『…うん、』 「何かあったらすぐ連絡下さい」 『…うん、』 「キスとか、絶対にされないで下さいよ。他の奴と同じ布団に入っちゃ駄目ッスよ。」 『…うん、』 「…笠松先輩ともッスよ?」 『…うん、ねぇ黄瀬?』 「はい?」 『私ね、今日黄瀬に凄く感謝してるんだけどね、あの人にもちょっと感謝してるの』 「え゛っ、先輩何言ってんスか!」 『だってあの人が何もしなかったら今頃私一人で寝てるよ』 「…………」 『あの人のおかげでこんなに黄瀬と一緒にいられる。』 そう言って俺の胸に額を当ててきた。 『…感謝しなきゃ、』 「…なまえ先輩、」 腕にぎゅっと力を込める。 「…なまえ先輩、」 『…黄瀬、おやすみ。』 俺は先輩を抱きしめながら眠った。 先輩は俺の腕の中で眠った。 * * * 2012.9.27 |