心に垣をせよ #12 「………っ!!」 『…黄瀬?』 「も、もちろんッスよ!!」 『でも、今度は殴ろうとしちゃ駄目だよ?』 「うっ… せ、先輩の方こそ、名前も知らない人にホイホイついてっちゃ駄目なんスからね!」 『…す、すいません… …ふふ、』 「…なまえ先輩?」 『…なんか、黄瀬と話してたら元気になってきた。』 「へ…ほんとスか!」 『うん。ごめんね、さっき泣いちゃって。』 「何言ってんスか!俺ちょっと嬉しかったんスよ!」 『…え?』 「いや!その!…玄関で泣いてたってことは、笠松先輩の前では泣くつもりだったってことでしょ… なのに先輩、入ってきたのが俺だって分かった瞬間泣くの止めようとするから…」 『……………』 「でも、そのあとちゃんと泣いてくれたから… 先輩が泣くのは勿論悲しいんスけど、俺の前で泣いてくれたのは嬉しいんス。…上手く言えないけど…」 『…黄瀬、』 「…?」 『ありがと、』 …あぁ、俺、ほんとにこの人のこと好きだなぁ。 「…ねぇなまえ先輩、」 『ん?』 「もう一つ聞いていいスか、」 『うん、』 「…あいつに、…何かされました…?」 『……………』 「…言いたくなかったら、言わなくてもいいんで、」 自分でも踏み込んだ質問だってことは分かってる。時間もそんな経ってないのに。でも、聞かずにはいられなかった。 『…手、繋がれた。』 「…え」 『恋人繋ぎで。』 「……………」 『それから髪、撫でられて、』 「……………」 『ほっぺ、耳、首筋、鎖骨ときて、キス』 「っ…!!」 『…されそうになったとこで黄瀬が来ました』 「………じゃあキスはされてないんスね?」 『うん、』 「はぁ〜〜〜〜〜」 頭を抱えて長い安堵のため息をつく。先輩の口からキスなんて言葉が聞こえて、心臓が止まるかと思った。いや、一瞬止まった。 『そう簡単に私のファーストキスは上げられないよ。』 「…なまえ先輩がそう思ってても実際あの時の体制じゃどうしようもないでしょ」 『うん、黄瀬があと3秒遅かったらキスされてました。』 「やめて下さいホラーッスよそれ!」 『ってかあの人、まだ押し倒さないって言ってたから…』 「…っ!!」 『…あはは笑えない…。黄瀬ほんと来てくれてありがとう…』 「…怖かったスか?」 『…ちょっと。』 「…先輩さっき俺が髪にちょっと触れたら、嫌だって言って俺の手払ったんスよ、」 『…え、うそ、』 「…今さっき、寝てた先輩起こそうとしたら。」 『…ごめん、』 「やっぱすげぇ怖かったんでしょ、」 『…怖かったっていうか、嫌だったっていうか…』 「…俺が触るのは嫌じゃないんスよね?」 『え?』 「だって、手繋いでてって…」 『……………あのままじゃ、嫌だったから、』 「え?」 『黄瀬に、触り直して欲しかったと言いますか、何と言いますか…』 「……………」 『だから、ありがとね、』 「……先輩、嫌だったらいつでも言って下さいね、」 先輩との間を詰めて座り直してから、先輩の手に俺の手を重ねる。 『黄瀬…?』 「…俺も嫌なんス。あいつが触ったままなんて。」 指を絡める。 所謂、恋人繋ぎ。 小さいのは相変わらずだけど、さっきと違うのは、先輩の手が温かいことと震えてないこと。良かった。指の付け根から感じる先輩の脈が少し速い気がするのは、俺の脳みそが都合良く出来ているからだろうか。 もう片方の手で、髪を撫でる。今度は、拒絶の言葉も手を振り払われることもなかった。 「…先輩、嫌じゃない?」 『うん。なんか頭がじわーってなって気持ちいい。』 それから先輩の頬に手を移動させる。あ、柔らかい。そのまま手を滑らせて耳に触れる。 『んっ…』 先輩の肩がピクッとし、繋いだ手にも少し力が入る。 「あ…、すいません嫌でした?」 『ううん、大丈夫…』 「……………」 首筋、鎖骨と手を滑らせる。 『っふ……』 その間にも先輩の肩はピクピクと揺れ、それに合わせる様に手にも力が入っていた。 『……書き換え完了?』 先輩が、上目遣いで俺を見る。 「……いや、」 最後に、先輩の両手をとって手首に自分の額をあてる。 『…黄瀬?』 痛い思いさせちゃってごめんなさい 怖い思いさせちゃってごめんなさい でも、大好きです 「…へへ、書き換え完了ッス」 その細い両手首に、あなたへのありったけの想いを込めて。 * * * 2012.9.25 |