心に垣をせよ #11 「なまえ先輩ー上がったッスよー、ありがとうございました」 先輩が用意してくれていたタオルでがしがしと頭を拭きながらリビングに出て行くが、返事が返って来ない。 「…なまえ先輩?」 …あぁ、どうりで返事が返って来ないはずだ。 先輩はソファーの上で膝を抱えた状態で横から寝顔を覗かせていた。 起こすのも気が引けるが、このままにしておく訳にもいかない。 「なまえ先輩、」 髪に触れる。その瞬間、 『やっ!』 俺の手を払って飛び起きた。目を見開いて、ひどく怯えた表情をしている。 『…あっ、黄瀬…』 「…なまえ先輩、」 『…あれ、私いつの間に寝て… あっ!ご飯!ごめんお腹減ってるよね!』 すぐ作るから、と立ち上がった先輩の腕をつかむ。 『っ! 黄瀬…?』 「…先輩、今日はもうご飯はいいッス。」 『…え、でも』 「今日、何があったのか、話してほしいッス」 『……………』 「それで、明日は美味しいご飯が食べたいッス!」 『……黄瀬は…黄瀬だね』 そう言って先輩は眉尻を下げながら笑って、もう一度ソファーに座った。 俺もなまえ先輩の隣に座る。 「え? どういう意味スか?」 『わかった。話すよ。まぁ、隠すつもりは最初から無かったんだけどね。今日話すつもりも無かった、かな。』 「…笠松先輩なら、こうするかなと思って。」 『…そうかもね。…ねぇ、話す前に一つ聞いていい?』 「? なんスか?」 『なんであの場所がわかったの?』 「…先輩たちマジバ寄ったんじゃないかなーと思って行ったら、先輩たちの隣に座ってたっていう女の子たちが教えてくれたッス!」 『………そう、』 「…それで、あの、どうしてあんな所に?」 『まぁ黄瀬の予想通り、最初はマジバ行って彼女とのエピソード話とかしばらく聞いてたんだけどさ、肝心の彼女が誰なんだか教えてくんないんだよね。そしたら、あそこに彼女が待ってるから付いて来てくれって言われて、』 「付いてっちゃったんスか、」 『…いや、彼女がサプライズ的な人選なのかな、とか思って。』 「…そっスか、」 『で、あの人彼女と上手くいってないとか言ってたじゃん?だからあの場所でよく話し合おうと思ったんだって。で、なんかヤバくなってきたら止めて、って。』 「…ツッコミ所満載ッスね、」 『…うん、今は私もそう思うわ。結構めちゃくちゃなこと言ってんね、彼。』 「…それで、」 『うん、ドア開けたら暗くて、誰もいなくて。彼女は、って聞いたらとっくに別れたって。…黄瀬に…とられた、って。』 「……………」 『…まぁ、黄瀬は何も悪くないよね。…それで、あとはあの人が黄瀬に言ってた通り。』 あの男はずっと俺をどうにかしてやろうと見てたのだろう。そこに最近現れたなまえ先輩。笠松先輩も言ってた通り、あの男にも俺のなまえ先輩への気持ちが分かった。なまえ先輩は絶好のターゲットだった訳だ。 『あの人、なんで私を狙ったと思う?なんと!黄瀬が私のこと好きって勘違いしてたんだよ!びっくりじゃない?』 なまえ先輩の鈍さにびっくりだ。 「…なまえ先輩すいません、俺今からすげぇ勝手なこと言います。…もしかしたら、また俺絡みでこういう事あるかもしれないッス。…俺がなまえ先輩から離れればいい話なんスけど…俺、それでもなまえ先輩と一緒にいたいんス!……これからも、今まで通り会いに行ったりしても…いいスか?」 『……………』 「…あ、駄目なら駄目で、いいんス、けど…」 …そりゃ、またあんな目に遭うかもしれないと分かっていて俺と会うなんて、普通嫌だよな… 『…黄瀬、』 「…はい、」 『…可愛い』 「…え、」 ん?またこのパターン? 『黄瀬と話してると胸かがきゅってなる』 「えっ!!」 流石なまえ先輩。 俺の気持ちを振り回す天才。 『また会いに来てほしいし、私ももっと黄瀬と一緒にいたい。』 「…じゃあ!」 『でもまた今日みたいな目に遭うのは困るなー』 「…そっスよね、」 『だから、その時はまた助けに来て?』 * * * 2012.9.24 |