ピッチャーの供給が多すぎます ふと、目が覚めた。 数学教師の子守歌とチョークの音は聞こえるが、あの心地のよい風は今は止んでいるらしい。 のそりと体を起こし隣を盗み見ると、なまえちゃんがそれはそれは楽しそうな表情をして何か書いていた。 何だろう。 とりあえず数学が関係していないことだけはわかる。彼女は生粋の勉強嫌いだから。 今度は紙を小さく折りたたみ始めた。手紙だろうか? …あ、投げた。 誰に…って、真ちゃんか。 そりゃそうか。なまえちゃんにあんな楽しそうな表情させられるのは、真ちゃんだ。 …何だかなーって、え…? 真ちゃん何でシュートフォーム? まさか…え?だってそれ手紙じゃないの? 案の定、真ちゃんはなまえちゃんからの手紙を、シュートした。 そこに、さっきの心地よい風がまた吹いた。気まぐれな風だ。その風は真ちゃんの計算を見事に狂わし、なまえちゃんの手紙を数学教師のハゲ頭まで運んだ。 結果、真ちゃんが呼び出しを食らったところで授業が終わった。 あまりになまえちゃんと真ちゃんが仲良いから、ちょっとなんかだったけど、やっぱりなまえちゃんはなまえちゃんで、真ちゃんは真ちゃんだ。 今は思いっきり笑ってやろう、なまえちゃんの隣で。 「嫌いだ、お前たちなんか」 真ちゃんは振り返り、呟いた。 『私は好きだよ。真ちゃんも高尾も。だって面白すぎるよぶくく…』 「俺も好き。真ちゃんもなまえちゃんも。っつかゴールって何!ごみ箱?」 「紙くずがシュートされる場所など、ごみ箱に決まっているだろう」 『真ちゃん、紙くずは本来シュートする物じゃないんだよ?知ってた?』 「ってかあれ手紙じゃなかったの?」 『手紙だよ?』 「紙くずだ」 「えー真ちゃん返事しないで捨てようとしたの?ひどくね?」 『そうだよ。だからこんなことになるんだよ。ほら職員室でハゲ山先生が待ってるよ?』 「うるさい。言われなくても行く。…ぐっ、あそこで風さえ吹かなければ…。しばらく止んでいたのに…」 ブツブツ文句を言いながら、真ちゃんは教室をあとにした。 「…なまえちゃん、手紙になんて書いたの?」 『え?全然大したことじゃないよ?返事くれるなんて思ってなかったし。』 「え、そうなの?」 『うん暇だったから。真ちゃん何か面白いことかましてくんないかなーと思ったら。期待を裏切らないよね、彼は。』 「確かに。」 良い意味でも悪い意味でも。 『ってか真ちゃんって優等生っぽく見えて結構怒られてるよね。』 「まぁ真ちゃんだからな。」 怒られる理由も毎回人とは一足違う。 今日も謎の理由だしな。 『高尾お昼食べないの?』 「ん、真ちゃん待ってんの。なまえちゃんは?」 『私はお昼ご飯待ってんの。』 「…んん?」 なまえちゃんの元には、いつも昼飯の方から歩いてやって来るのだろうか。…って、 「!」 ぱしっ 「…?」 突然、ペットボトルが弾丸のごとくなまえちゃんの頭目掛けて飛んできた。それをなまえちゃんは見事な身のこなしでキャッチした。 …え?何事? 『ほら、噂をすれば、だ。』 「みょうじ!!こんのっみょうじ!!」 『あーこれ新発売のやつじゃん!さすがよっちゃんありがとー』 「え、吉川?」 「おー高尾。またみょうじの茶番に付き合わされてんの?」 「あー…うん、真ちゃんが。」 彼女はクラスメートでソフト部所属の吉川。 なるほど、さっきのペットボトルはこの子が投げたのか。 「あーやっぱさっきのみょうじ絡みだったんだ?緑間も可哀想にぶくく…」 …いや、お前も笑ってんじゃん。 「ほら、みょうじ。これクラブハウスサンドとプリン。」 『むほーありがとー!…ってか、なんでペットボトル投げたの?クラブハウスサンド投げれば良かったじゃん。』 「パンだと潰れちゃうじゃん。」 『私の頭は潰れてもいいの!あれ当たってたら大変だよ!』 「むしろ潰れろ」 『うわひでー』 ってか投げる前提かよ。 この子らといい真ちゃんといいみんな物投げすぎっしょ。流れ弾に当たんないよう気つけないと。 「つか、なんで吉川がなまえちゃんの昼飯持ってくんの?」 『それが聞いてよ高尾!昨日掃除の時にね、よっちゃんと今日のお昼かけてたわしホッケーやったんだけどね、私の圧勝フゥー!』 「今日は私が勝つし!」 『うへへいやってみろい!』 あーなるほど。ってかたわしホッケーって…小学生かよ。いや俺もやったけど。 スパァン! 『あいたぁっ!あ、真ちゃんお帰りー、良かったね高尾!ご飯食べれるよ!』 「緑間、超ありがとう。私の代わりにみょうじを殴ってくれて。」 「礼には及ばないのだよ。」 『じゃねー真ちゃん高尾ー。行こ、よっちゃん。』 「んー」 …会話が噛み合ってねぇ、と思うのは俺だけ? −−− 「まったく、みょうじのおかげで散々なのだよ。」 ため息をつきながら真ちゃんは弁当の包みを広げる。 「いやあれは投げた真ちゃんが悪いっしょ。」 まぁ、遊ばれてはいたけど。 既に半分になった自分の弁当に手をつける。 「…あの時風さえ吹かなければ…ぐっ、」 「まーだ言ってる。まぁ俺らインドアスポーツだからなー。流石の真ちゃんも風の動きまではわかんねぇよなー。」 「……………」 「……………」 ふわっ また、あの風が吹いた。 本当に気まぐれな風だ。 「この風ってさ、なまえちゃんみたいだよね。すっげぇ気持ちよくて、吹いたと思ったら止んで、止んだと思ったら吹いて、真ちゃんおちょくって。」 「まったくだ。」 「でも気持ちいい風じゃね?」 「…ふん、」 ピッチャーの供給が多すぎます * * * 2012.10.18 |