うたかたの 昨日は激動の1日だった。まず人生初、授業をサボった。わたしの場合常にサボっているようなものだけど、昨日はついに教室から抜け出した。これは、別に悪いことじゃない。学生は皆"サボリ"を経験して大人になるのだ。 問題はここからだ。なんと、わたしの初恋物語を人に話してしまった。中2の時の話だし恥ずかしいしばかっぽいしで、あまり話したくなかったのだけど、その人がどうしてもと言うから、仕方なく無気力を装って話してしまった。…すきな人に前すきだった人の話するってどうなのよ!?嫌じゃない?嫌だよね!?本当はわたし…あなたのことがすきなの…っ!とか言えたらどんなに楽だったか…!!くっ…!!こんな感じで昨日のわたしの内臓はこぞってトリプルアクセルを決めるぐらいアクティブだったのに、和くんったら告白してきやがったええええぇええぇええなんで!?!?わたしの!!!苦労を!!!!返してくれ!!!!!お前のおかげでわたしたちの関係は泡となって消えてしまったよ!!!!!悲しくて悲しくて、わたしは和くんに頭突きかまして逃げてきてしまったよ。あれから和くんには会っていない。6限に戻るつもりだったのに、人気のない廊下で色々考えてたらなんか21時過ぎてたし。でもミヤジさんが見つけてくれて、優しくしてくれて、話聞いてくれて、わたしは、今日和くんに会う勇気と元気をもらった。あともう一つ、愛さえくれたらミヤジさんはわたしの元気100倍的ヒーローだ。別にミヤジさんの愛とかいらないけど。 以上、昨日をダイジェストでお送りしました。わたしが説明するとばかっぽく思えるけど、本当にいっぱい泣いて、悩んだからね。 ドアの隙間から教室の様子を覗く。うん、和くんも真ちゃんも来てる。2人で話してる。よーし、落ち着け、落ち着けわたし。昨日考えてきた通りの台詞を無心で言えば大丈夫だ。でもその前にわたしが元気であることをアピールする為に一発真ちゃんをおちょくってだな…。でもその前に緊張をほぐす為に手に"人"と書いてこれを飲み込んでだな…。でもその前に 「あいたぁっ」 「早くしろよ吊すぞ」 頭に衝撃を感じて振り返れば浮いた青筋と笑顔が眩しいミヤジさんの姿が。 「ミヤジさん…どうしてここに…」 「お前を早く高尾に回収してもらわねーと俺が困るんだよ。ったくなに教室入るぐれーでビビってんださっさと入れバカ」 「ぶえっ」 わたしの心の準備がまだ出来ていないのにも関わらず、ミヤジさんはわたしを教室に押し込んだ。まったくミヤジさんってばベビーフェイスな癖してドSだよね、もう! 「………」 か…和くんと真ちゃんがめっちゃこっち見てる…!!お、落ち着けわたし!?コミュニケーションの基本は挨拶からであるからにしてだな…!? 「お…っ、は…っ、あ…っ、アニョハセヨ」 「「………」」 間 違 え た ! ! ! ! −−− 「…であるからして…x=…」 数学教師の起伏のない声がふらふらと頭上を通過していくのを感じつつ、私は顔を机に埋める。もうダメだ。あれから何度挑戦しても韓国語っぽくなってしまう。どうしてなんダムニダ。好きはおろか、おはようも、ごめんも言えない。アニョハセヨ、カムサハムニダしか言えない。もうこの際、全部韓国語で伝えてしまおうか。好きってなんて言うんだろう、ウォーアイニー? 「…おい」 …あれ、ミヤジさんの声が聞こえる。おかしいな。なにこれデジャヴ? 「おいコラてめぇ無視決め込んでんじゃねーぞ」 「…ミヤジさん今授業中ですヨリェチョンニュ」 「もうとっくに昼休みだバカ。ったく、こんなこったろーと思ったよこのバカ」 「パンニハムハサムジカンダ」 「黙れ焼くぞ」 「…宮地さん、みょうじとハムトースト作るためだけにわざわざ1年の教室まで来たんですか」 「あのな緑間、俺今お前まで轢く時間ねーんだわ。頼むから黙っててお願い。」 少しの沈黙を置いて、顔の両脇をぐわしと掴まれ視界が開けた。まず、眉間にシワがよったミヤジさんの顔。次に睫毛がながーい真ちゃんの顔。そして最後に、目をぱちくりさせる和くんの顔。なるほど、わたしはミヤジさんによって顔を強制的に上げさせられ、さらに強制的に首を回されたのだな。お互いぱちくり目を合わせる。 「ちんちくりんが高尾に言うことあるってよ」 「え…?」 和くんは一度宮地さんの顔を見てから、もう一度わたしと目を合わせる。 「なまえちゃん?なに?」 和くんが隣にいて、和くんの顔が目の前にあって、和くんと目が合っていて、和くんがわたしに話しかけている。別にそんなのいつものことなのに、昨日和くんに好きだと言われてしまったから。昨日わたしは和くんが好きだと口に出してしまったから。恥ずかしさ100倍で顔が火照る。この熱はミヤジさんの手に伝わってしまっているのだろう。恥ずかしい。ミヤジさんに関しては今更もう何でもいっか感のが強いけど。カラカラに乾いた喉を少しでも潤すために唾をごくりと飲み込んだ。 「かっ…かずっ…たっ…かっ…たかっ…かずおくんっ!」 「かずおって誰だ」 すかさず真ちゃんがツッコミを入れてくる。 「緑間ァ!!言いたいことはわかるだろ!!!つっこむな!!!!!」 「ウチのPGはかずおたかなりなのだよ」 なんだなんだ。今日はミヤジさんと真ちゃんがやけに仲良しだぞ。どういう心境の変化だい? 「おら!かずおに続き!!」 ぐいと更に顔を近づけられ、また顔が火照る。 「…さっ、昨日は…、ごめ…っ、あの…」 和くんが、こちらを見つめている。 「あの…」 和くんが、心配そうにわたしを見ている。 「あ…の…」 和くんが、和くんが… 「あ、の…や…やっぱりむりダムニダ!!!!!!」 和くんを見ているだけで、ぽっぽぽっぽ顔が火照っていっちゃって、頭からはぷしゅぷしゅ湯気がたって、ついに耐えきれなくなったわたしはミヤジさんの両手の間から逃げた。 「あっ…ちょっ、おい!!!待てコラちんちくりん!!!!」 …わたしはもう一生、和くんとまともに話せないのかもしれない。 (…真ちゃん) (なんだ) (頭にいっぱいたんぽぽ咲いてるよ) (………) (朝なまえちゃんが深呼吸しながら真ちゃんの頭に生けてた) (みょうじキサマァァァ!!!!!) (…はー) うたかたの * * * |