オレンジキャップ いつも通り授業受けて、部活やって、自主練こなして。帰ったら宿題だなとぼんやり考えながら校内を歩いていると、人影が視界の端に写った。…え?思わず二度見する。ウチの制服着た女がカビ生えそうなぐらいじめっとした空気醸し出しながら、立てた膝に顔を埋めて座り込んでいる。 「…おい」 「………」 「おいコラてめぇ無視決め込んでんじゃねーよ」 「…こんなとこで油売ってていいんですか」 「は?」 「部活、遅れちゃいますよ」 「………」 あれ、俺こいつのことちんちくりんだと思って声かけたんだけど…ちがくね?もしかして幽霊?それならこのじめじめ感とか、もう21時過ぎてんのに部活遅れちゃいます発言とかにも納得できる。 「って…んなワケねーだろ顔上げろ何してんだおま、え…」 ちんちくりんの顔を両手でひっ掴み顔を上げさせると、なんだかよくわかんねーが泣いていた。 「ミヤジさん、部活…」 「…もう終わった。今21時過ぎ。」 「…え」 「こんな時間まで一人でなにしてんのお前」 「………」 「たわしホッケーで負けた?」 「負けてません」 「………」 本当になんだかよくわかんねーけど、もう学校閉まるし。早く出ねーとセコムが来る。 「…とりあえず出んぞ」 ちんちくりんが答えるのを待たずに、今度は腕をひっ掴んで歩く。足早に歩く、と言いたいところだが、俺の通常ペースが既にこいつにとっては足早だろうから、普通に歩く。 「というかお前、荷物は?なんで弁当袋しか持ってねーの?」 「…わたしの荷物、これで全部です」 「…あっそ、じゃあそれ貸せ」 チャリ置き場にぽつんと取り残された自分のチャリの前で、ちんちくりんの弁当袋をスポーツバッグにねじ込み、それをチャリカゴにねじ込む。 「お前、家どこ」 「え?」 「送ってやるって言ってんだよ、早く後ろ乗れ燃やすぞ」 「………」 ちんちくりんは一瞬驚いたような表情をしたがすぐに目を伏せ、もそもそとチャリの後ろに跨がった。それを確認して、俺はペダルを漕ぎ始めた。 閑静な住宅街の中をゆっくりめに走る。こいつでも喋らない時があるんだな。 「…ぅ、ひっく…」 「………」 後ろから再びしゃくりあげる声が聞こえてきた。多分、背中に感じる感触は、こいつの額だろう。俺の制服を弱い力で握り、俺の背中に額を当てて、こいつはまた泣き出したのだ。 「おい着いたぞ、ここでいいんだろ」 「っふ、ありがと…ございま…っ」 「………」 「ふぇ!?」 やめた。俺はこいつが降りる前にペダルを漕いだ。 「みやじさ…?」 「ちょっと付き合え」 確かこのすぐ近くに公園があったはずだ。 −−− 「ほら」 「………」 「やる」 ちんちくりんをベンチに座らせ、公園の目の前にある駄菓子屋の隣の自販機でホットミルクティーを2本買って戻った。 「あ…りがと、ござ…っ、」 ちんちくりんはずっと泣きっぱなしだ。本当、いつから泣いてんのこいつ。 「あのさ、いい加減泣き止めよお前。泣いたままじゃ家帰せねーだろ」 「じゃあ家、帰りませ…っ、ふっ…うぅ」 「そういうことじゃねーよ刺すぞ」 俯くちんちくりんの頭を軽くひっぱたき、隣に座る。 「…なんで泣いてんの」 そう素直に聞けば、流す涙の量を増やしてまた泣いた。ミルクティーを膝の上で握り、涙を拭くこともせず、泣いた。俺はペットボトルのキャップを開け、ミルクティーを一口飲む。今日は上弦の月か、と空を見上げた。 「…みやじさん」 しばらくそうしていると、ちんちくりんがまだ泣きつつも俺を呼んだ。 「こくはく、されました」 「…もしかしなくても高尾だろ」 ちんちくりんはこくりと頷く。 「なに、お前そんな泣くほどあいつのこと嫌いなの」 「…だいすき、です」 「………」 「ずっと仲よくしてたかったです…っ」 「…じゃあお前、好きなのに振ったわけ?」 「…だって、付き合っちゃったら、恋人やめなきゃいけない時がくるかもしれないじゃないですか…」 「………」 「友達のままだったら、友達やめるなんてそうそう無いからずっと仲よくいられるのに…」 「………」 「もうわたし明日からどうしていいかわかんないし…っ、和くんのこと突き飛ばしちゃったから嫌われたし…っ、」 こいつがいつもミヤジさんミヤジさんとおちょくってくる奴と同一人物とは到底思えない。声も、表情も、言ってることも、まるでいつもと違う。誰だこいつ。 「お前さぁ、本当に高尾のこと好きなの?」 「…え」 「高尾っつったら、俺が今一番轢きころしたい男ナンバーワン緑間の隣でふんぞり返れる男だぞ?んなてめぇの弱っちい力で突き飛ばしたぐらいで怒るかよ。そんぐらいわかんだろ」 「………」 「それに高尾は俺ととことん人間のシュミが合わねー。お前が俺の嫌いな人間であり続ける限り高尾はお前のこと好きだろ、緑間と同じ原理で」 「………」 「あとは付き合う前に別れるとかほざいたら轢きころすって脅しとけ。ついでに大坪と木村に報告しといていざとなったらセコムくるようにしとけ。」 「………」 しばらく沈黙が続く。その間俺はミルクティーを飲みながらこいつが何か言うのを待つ。 「…みやじさん今日きもちわるいです」 「あ゛ぁ!?」 「なんで今日そんなにやさしいんですか」 「………」 こいつの顔をのぞけば、泣きすぎて目元も鼻も赤くなっていたが、泣き止みつつあった。 「…お前の方が億倍気持ち悪いわ飛ばすぞ」 「…わっ」 後頭部を掴んで目元を制服の袖でこすってやる。 「うじうじしてんなバカ」 「いたっ…ちょ…ミヤジさんいたい…」 「おし、泣き止んだな」 「………」 腕を離せばぼけーっと口を開けてこちらを見ていた。 「…ふっ、間抜けな顔」 「…ひどい」 ちんちくりんはムッとした表情で答えた。こいつの泣き顔以外の顔、今日初めて見た。 「…ミヤジさん」 「なに」 「開けてください」 ちんちくりんは少しぬるくなったミルクティーを差し出してきた。 「…ほら」 「ありがとうございます…」 それを受け取りキャップを捻ってこいつの手に戻せば、こいつは一言礼を言って口に運んだ。 「…あったかいです」 「ホットミルクティーだからな」 「…ミヤジさんは好きな人とかいないんですか」 「んな暇じゃねーよ」 「アイドル好きじゃないですか」 「うるせー轢くぞ」 「…もしミヤジさんに好きな人が出来たらわたしが相談にのってあげます」 「安心しろてめぇにだけは絶対相談しねー」 「…ミヤジさん」 「なに」 「手、出してください」 言われた通り手を出せば、ころんと飴玉を二つ乗せられた。包装紙には"元気が出るアメ"、その斜め上の吹き出しの中に"今度はカルシウム入りだ!"と印字されていた。 「あげます」 「…これはお前が食うべきものなんじゃねーの」 「わたしはもうミヤジさんから元気もらいました」 「………」 「それにミヤジさんはもっとカルシウムを摂るべきです、真ちゃんといっしょで」 「アハハお前轢くぞ」 「…へへへ」 今日初めて、こいつが笑うのを見た。 「…帰るか」 「はい!」 オレンジキャップ * * * 2013.02.13 |