※観覧車イベント後
それは多分、ちいさな違和感。不快ではない。
そしてきっと、初めて抱く感情。
「ほら、君に」
花束を差し出せば、彼女はとても驚いたような顔をしていた。最初は身構えていたような空気が、それで少しだけ解れていくのを感じる。彼女の、モンスターボールを投げようとしていた腕が、ゆっくりと下がっていった。
「……なに?これ」
「花だよ」
「見ればわかるけど」
「僕からのプレゼントだよ」
言うと、肩を落として大きな溜め息。彼女の傍らに居るツタージャが、不思議そうにこちらを見上げていた。
「突然、何なのよ」
「あれ?気に入らなかったかな」
「そうじゃなくて。現れたかと思ったら、いきなり花って」
「君と戦いに来た訳じゃないよ。いくら君がトレーナーだからって、そんなに僕のことを警戒しなくてもいいと思うけどな」
「……するでしょ、普通」
モンスターボールを鞄に仕舞いながら、ぶつぶつと手厳しいコメントをする彼女。それもそのはずで、観覧車の中であんな告白をした後なのだし、警戒されても当然だ。理解されているとは思わない。
だからこそ、こうして彼女に花を渡しに来たんだ。
「……君が要らなかったら、君のトモダチにあげてくれてもいいよ」
この時期、夏に咲く花は、君に一番ぴったりだと思って摘んできた。けれど。
もう少し彼女の傍まで近寄ると、トウコはそのまま、おずおずとした様子で差し出していた僕の手から両手で花束を受け取った。そうして。
「……ん、ありがと」
その何とも言えない表情が可愛らしくて、僕は満足する。
「喜んで、くれた?」
どうしてだろう。君が何を感じるのか、知りたくなるんだ。
「……まあ、そこそこ」
傍で成り行きを見守っていたツタージャが「すごく喜んでるよ」と僕に声を掛けるから、それが余計に嬉しくて、そして同時に、胸が痛んだ。
「……うん。それじゃあ、僕はもう行くよ」
「え?もう、行くの?」
「ああ」
もう少しここに居たいけれど、それはどうしてか、あまり良くない気がするから。
彼女もそれ以上は何も言わず、僕を見つめたまま黙っていた。いや、何かを言おうとしているのかもしれない。
けれど彼女がそれを口に出したら、僕は彼女と、戦わなくてはいけないかもしれない。
そんな、気がした。
「――N、この間の観覧車での話だけど」
でも、今は。
彼女に近寄り、細い肩にそっと触れた。その額に、ちいさな口付けをする。最後にしたのは、彼女が手にする花の香り。
「……また、会おう」
戦いたくなかった。
不毛な争いは避けた方がいい。そうに、決まってる。トモダチが傷付くのは見たくない。
そうだ、彼女だって。
まるで逃げるみたいにして、その場から立ち去った。
大丈夫。揺らいでなんていない。英雄は揺るがない。
王の感情は、こんなことでは折れたりしない。そんな選択肢は、最初から存在しないのだ。
僕の決意は、そんなものではないんだ。
だけど、この胸に残る傷みは。焼き付くようなこの傷みは、何なんだろうか。時折ふとした瞬間に感じるようになったこの感情の正体は。それに、白黒付けてしまいたい。
罪悪感なのだろうか。いいや、それならもう、そんなものは捨ててしまえ。
でも、それとも何か違うような気がする。
そうして彼女のことを考えれば、また、胸の奥に鈍い熱と傷みが生まれるんだ。
「……こんなの、どうしたらいいんだ」
不透明な恋心
2010/10/06