手の平をかざし、ちょうどマニキュアも乾いた頃。ひとしきりの会話をした私に対して「んー」とか「うん」しか答えない彼に、どこかわびしさを覚えていた。
寄り掛かって、背中越しに伝わる体温。そこに比例して、言葉に出来ないもどかしさ。
振り返ってみると、彼は片手に雑誌をめくりながら好物のアイスを口にしている。見つめてから数十秒。私の視線に気付かないものだから、何も言わず、その背中に抱き着いてみる。ものの。何の反応も無し。何よ、つまらないの。
「ねぇ、それ一口ちょうだい」
「あっ」
だから、返事も待たずに後ろからカイトの腕を掴んだ。そうしてその手の先にあるスプーンを奪って唇に運ぶと、口の中いっぱいに広がるチョコミントの味。
「ああっ、何てことを」
とかいう情けない声が聞こえてきたけれど、それはあえて聞かなかったことにする。スプーンから口を離せば、
「あ、これ、美味しいかも」
「かも、じゃなくて、美味しいんです」
妙な所を訂正されてしまった。そうしてカイトは私の手からスプーンを取り返すと、何事も無かったかのようにアイスの時間を再開。
「…………」
しばらく肩越しに抱き着いていると、不思議そうに振り向かれる。
「ん、なに?」
「べっつにー」
あのね。目の前に私が居るっていうのに、それをまるで無視されて、そんな氷菓子に夢中になられているだなんて、悔しいじゃない。
そりゃあ、カイトが昔からアイスが好きなのは知っている。幼馴染みだし、学校帰りには、いつも優しいカイトがそのアイスを分けてくれたりもしていた。
だけどね、せっかくこうして高校も大学も休みなんだし、昔と違って毎日ずっと会える訳じゃないんだから、こんな時ぐらいはもうちょっと相手してくれたって良いんじゃない?
「なに、つまらないの?」
私の様子に気が付いたカイトが、そう訊ねてきた。
「つまらなくなんかないわ」
退屈、とは違う。苛立ち、とも違う。きっと、そんな言葉じゃないわ。この感情に名前を付けるとしたら、何かしら。……えっ、嫉妬?何よそれ、違うわよ。馬鹿にしないでよね。さすがに、そこまで幼稚じゃないわ。そういうことじゃ、ないんだから。
「アイスと私、どっちが好き?」
なのに、ノリでついついまるでドラマに出てくるみたいな台詞よろしく聞いちゃってるし。
「何だよ、それ」
へらりと笑う彼の声。
「そりゃあ、もちろん」
なに、と思っていたら、そのまま肩に腕を回され、カイトの顔が近付き、見事にキスをされてしまう。無理矢理じゃなくて、ちょっと、強引な手際。そんな感覚にうっかり酔いしれていると、唇が離れた時の第一声が「……あ、チョコミントの味、まだ残ってた」とかいう嬉しそうな言葉。あああ、脱力感。
今のときめき、ちょっと返してくれる?
「カイトはきっと、私よりアイスの方が好きなんでしょう」
ふてくされてそう言えば、彼はスプーンを置いて、まったくもって嬉しそうな笑みをみせた。私の頬に触れ、
「ミクが、そんな風に反応してくれるからさ」
……何よ、その歯の浮く台詞。そんなんじゃ、誤魔化されないんだから。もっと、別の言葉があるでしょう?
とは思っても、体はすぐに動いてくれない。悔しいくらい、カイトに触れられている頬が手のひらの体温とは違う熱を帯びていた。
2010/01/29