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※立野さんから頂いたリクエストです
※動画サイトネタが出てきます





俺たちの家にミクがやって来てから、数週間が経とうとしていた。

VOCALOIDは各家庭の調整によってやや性格にばらつきが出るというが、うちにやって来た初音ミクは他のミクよりも少しだけ大人しい性格をしているようだ。
けれど、それに何か問題がある訳でもなく、すぐに俺や姉さん、マスターとも打ち解け親しくなった。

そうしてまだ歌を唄うことに慣れていないミクは、毎日欠かさずに歌の練習を重ねている。

この日、たまたま彼女の歌の練習に付き合っていた俺は、その様子が沈んでいることに気が付いた。
元気が無いというか、何だか覇気が無いというか。ミクと一緒に練習をしていた俺は、彼女に声を掛けてみた。

「どうした?どこか、調子でも悪い?」
「……え?」

何故だかぼんやりとしていたらしい。楽譜を手に持ちながら、

「ううん、何でもないの」

そう言って俯いていた。それから、2人で練習を終えた後のこと。気が付くと、ミクの姿がどこにも見当たらなくなっていた。

マスターは呑気に「気分転換に散歩にでも行ってるんだろ」とか何とか言っていたけれど、ミクはなかなか帰って来ない。それが何となく気になった俺は、夕飯の材料を買いに行くついで(その日の買い物係が俺だった)、ミクの姿を探すことにした。

心配になった、というよりかは、単純に気に掛かったのだ。彼女だって子供じゃないんだから、わざわざ干渉をされるのも嫌だろう。けれども、まあ、何か悩みでも抱えているのならば聞いてはあげられる。

たまにはそんな先輩らしい所も見せないとな、なんて軽い足取りで、俺は通り掛けにある近所の公園へと立ち寄ることにした。

こんな場所には居ないかもしれないし、もう家に帰っているかもしれないけれど。でも、他に、思い当たるような場所も無かった。まあ、軽く覗いみて、居なかったら居なかったで、すぐにわかることだ。

そうして、目当ての人物を探してみることにした。と。

夕陽が差し込む公園のその脇のベンチに、目当ての人物が座っていた。青緑の色をした、2つに結んだ長い髪。あの姿は、間違いなく。

……本当にこんな場所に居たとは。多少、驚きを覚えつつも、俺はミクの居るベンチに向かって歩き出した。

「こんな所でどうしたんだ、ミク?」

すぐ側にやって来るまで、俺のことに気が付かなかったらしい。声を掛けたその瞬間、ミクはやけにびっくりとした様子で俺を見上げ、

「お、お兄ちゃんっ!?」

驚いたような声を出す。

「ご、ごめん」

その驚き様にぎょっとして、思わず謝ってしまう。まさかそんなに驚かれるとは。

ミクの方はといえば、俺から慌てて顔を逸らすと、明後日の方を見て、手の甲で自分の顔を拭っていた。それで俺は、彼女が慌てふためいている理由に気が付く。

「……泣いてたのか」

聞くと、ミクはふるふると首を横に振り、

「う、ううん、泣いてないよ」

しどろもどろに、そう言った。何だ、別に隠す必要なんて無いのに。そんなことを思いながら、

「隣、良いかな」

そう、ミクに尋ねる。すると彼女はしばし思案した後。

ゆっくりした動作で、首を縦に振った。それを確認してから、俺は静かに、ミクの隣に腰を降ろす。

2人の間に、風が吹いた。沈黙が訪れる。そこで、最初に口を開いたのは俺だった。

「……どうした?何か、辛いことでもあった?」

聞くが、ミクは黙り込んだままだ。今まで彼女が泣いている姿なんて見たことなかったけれど、こんな風にして一人で泣くということは、彼女なりに何か悩んでいることがあるのかもしれない。

「言いたくなかったら、無理には聞かないけどさ」

もちろん、無理に聞く気は無い。そうしたら俺は、静観の構えを見せるつもりだ。ともすれば、ややあってから、ミクは俺に向かってぽつり、と呟いた。

「……歌がね、上手に、唄えないの」
「ああ」

そうしてミクは、そのまま言葉を続けた。

「それで、ね。……みんな、私の歌が下手だっていうの」

みんな。
それはきっと、彼女の歌を聞いた、画面の向こう側の人たちのこと。うちのマスターは、動画サイトに歌を何個か投稿している。
嬉しいことにそれなりに多くの方に聞かれているようで、今は俺や姉さんの歌が主体だけれど、その中にはミクの歌もあり、彼女はまだ歌を唄い始めたばかりだったから、その評価には思う所でもあったのだろう。

ここは何と、言葉を掛けるべきだろうか。俺は少しだけ思い悩んでから、そうしてミクに、こう言葉を掛けることにした。

「大丈夫だよ、ミク。最初はみんな、そんなものだからさ」

曲自体はマスターのものだけれど、俺達にとって、歌を否定されるということは酷く辛いものだ。辛いことだけど、外に向かって何かを発信するというのは、つまりそういうことなのだ。
最初から上手くなることなんて、無理なんだ。

「……だけど私、一生懸命頑張ったのに」

ミクは再び、涙を流した。はらはらと溢れ落ちるそれを見て、俺は何だか心が痛む。

「平気さ。だからこそ、いつかきっと、わかってくれる日が来るから」
「いつか?いつかって、いつ?」

そう言って、ミクは俺の顔を見上げた。それから言い過ぎたと思ったのか、彼女はすぐに顔を逸らして「ごめんなさい」と小さく告げる。そんなミクに笑い掛けてから、

「うーん、そうだなぁ」

確かに、口に出すのは簡単だった。彼女の気持ちは、俺にだってわからないでもない。俺も彼女と同じで、似たような道は歩いてきた。

「俺もさ、ミクみたいなこと、考えたことあるよ」
「……お兄ちゃん、も?」
「うん」

俺も、最初の頃は歌が上手く唄えなかった時期がある。心ないことを言われたこともあり、それを悔しいと思ったことも、もちろん、ある。

「……その時は、どうしたの?」

ミクは気遣うように、俺の顔を伺った。まるで、聞いてはいけないことを聞くかのように。その時、俺はどうしたんだろうか。ぼんやり思い出そうとしたけれど、

「あー、あんまり、よく覚えてないかなぁ」

言って苦笑いを浮かべた。何だ、先輩らしいことの一つでも言おうかと思ったのに、これじゃあ、役に立たないじゃないか。

「悲しく、なかった?」

ミクがそう聞いた。悲しいか悲しくなかったかと聞かれれば、もちろん、前者だ。

「だけど、それでも頑張ろうって気持ちにはなったよね」


辛い時分があったからこそ、今の自分がある訳で。でも、

「そんなことを言う人ばかりじゃないさ。優しい言葉だって、もらったこと、あるよ」

それに、

「ミクの歌声を下手だっていう人も居るかもしれないけどさ、良いよって言ってくれた人も、居るだろう?」

ミクは瞬巡した後、

「……うん」
「ほら、ミクのこと、悪く言う人ばかりじゃないじゃないか」

優しいだけが世界じゃないのだ。だからこそ、たったひとつの優しい言葉が身に染みるんだと、俺は思う。

「だからさ、ミクはただ、精一杯に頑張れば良いんだよ」


しばしの、沈黙。
そしてミクはじっと俺を見つめ、小さく、呟いた。


「私は頑張れるかな……、お兄ちゃんみたいに」
「え、俺?」


予想外のミクの言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

「俺だって、そんなに大したことは頑張らなかったけどな」
「ううん、お兄ちゃんはすごいと思う」

ミクは、そう言って俯いた。それから自分の膝元を見つめて、

「頑張って、頑張って。いつか誰かが、私の歌、好きになってくれるかな……」

それは力なく。誰にともなく言った言葉のようだった。

ふっと目の前を見れば、夕陽に照らされて出来た、ふたり分の影が伸びていた。
そこで俺は、ハっとする。

……しまった、普通に慰めてしまった。何だ、余計に辛気臭くなってしまったじゃないか。偉そうに言ってしまったけれど、ここは一発、何かギャグでも言った方が良かったのかもしれなかった。

ああそうだ、と。そこで俺は良いことを思い付く。

「よし。じゃあミク、こうしようか」
「え?」
「俺が、ミクのファンになるよ」

きょとん、とした顔でミクが俺の顔を見上げた。

「お兄ちゃんが、私のファン?」
「そう。ミクのファン」

俺は笑い掛ける。

「ミクのファンになって、ミクのこと、応援するんだ」
「お兄ちゃんが、私のこと?」
「そう。ミクが次に歌う曲、楽しみにしてるよ。だからさ、大丈夫だよ」

大丈夫だなんて言葉は、そこに何の根拠も無いけどさ。今まで言った言葉も、綺麗事に聞こえるかもしれない。だけど、そうだとしても、何かの気休めくらいにはなったら良いんじゃないかな、なんて、そう思ったのだ。

風が吹いて、ミクの長い髪がなびく。

すると、最初は少しだけ驚いたような顔をしていたミクだったけれど、すぐに俺の顔を見て、目を細めて微笑んだ。

「お兄ちゃんがファンになってくれるなら、心強いね」
「だろう?」

2人で黙って座り込むと、次にしばし経ってってから、ミクは心なしか恥ずかしそうにして、俺に向かってこう告げる。

「……ありがとう、お兄ちゃん」
「いいえ、どういたしまして」


3939でカイミクリクエストを頂いたのでハートフルなお話を!とずっと思っていたのですが、遅くなってしまって大変に申し訳なかったです(汗)立野ちゃんに捧げます!

2009/10/05

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