そんな夕暮れ時
※カイミク未満とレンリン



「……レン、よく聞いてくれ。大事な話があるんだ」
「な、何だよカイト兄。急にそんな真面目な顔をしてさ」

帰宅して早々、コートも脱がずそう言い出したカイト兄に思わず尻込みしてしまった。コタツに入り足を伸ばしていた俺は、読み掛けの漫画を中断し、目の前に居るカイト兄の言葉を聞いている。

「さっきな、そこのスーパーを通り掛かったんだけど」
「うん」

そこで(何故だか)たっぷりと間を取り、

「……卵の、タイムセールをしてたんだ……」
「な、何だって!」

その言葉に、俺も大げさな反応をしてみせる。

「しかも、お一人様1パック限定で」
「さっすが、カイト兄!今日の夕飯はオムライス三昧だね!」
「ああ、オムレツだって親子丼だって作り放題だ」
「それはすごい!」

とか言って乗っかってはみたものの、その先にカイト兄が言いたいことを読んだ俺は、さっと視線を逸らし、

「でも俺いま漫画読んでるからさ、リンとかミク姉やルカ姉とかを連れて――」
「リンにはさっき断られて、ルカもミクも家に居ないし姉さんはマスターと外出中で」
「え……」
「つまり、そういうことなんだ」

顔を上げると、有無を言わさない笑顔がそこにあった。

「一緒に、来てくれないか?」

カイト兄はこういう時に驚くほど押しが強い。普段はへたれている癖にこんな時にばかり一歩も譲らないタフさがあるというか何というかつまり俺の返事は「はい」だった。






「いやぁ、助かった。レンのおかげで卵が安く買えたよ」
「意外に並んでたな」
「そうだね」

タイムセールなんて珍しいことじゃないけど、今日は卵が特別安くなってたよ、なんて言ってにこやかに笑っている。そのすっかりと板に付いてる主婦っぷりに何か突っ込みを入れたくもなったけれど、これが今に始まったことでもないから止めておいた。俺とリンがこの家にやって来た時から、ずっと、こんな感じなのだ。
果たして兄の威厳はどこへやら、という気がしないでもないけれど、カイト兄が居てくれる恩恵は大きいんだと思う。普段はあんまり、気付かないものだけどさ。

夕暮れ時の商店街を抜けながら、カイト兄と2人で会話をして歩く。
そんな風にして話す息は白くて、そろそろ、本格的な冬なんだということを改めて思った。12月か。……あ、そういやもうすぐ俺達の誕生日だ。マスターが「鏡音の曲、楽しみにしてろよー!」とか言って張り切って、リンがそれにすげぇ喜んでいたけれど、俺もその日に向けて何か用意しないといけないかな、とか考えていた。

「……突然だけど、カイト兄さ。プレゼントって、何を渡したら良いと思う?」
「え、プレゼント?」

カイト兄が少しだけ戸惑いつつ、そしてすぐに、それがどういう意味か解ったみたいだった。それから笑顔で頷いて、

「そうだなぁ。女の子だったら、やっぱりぬいぐるみとかじゃないかな」
「…………え、それマジで言ってる?」
「えっ、何が?」
「いや、何でもない」

そう言うとカイト兄は首を傾げながら、

「それは別としてもさ、心を込めて渡したものなら何でも喜ばれるとは思うけどな」
「まあ、確かにその通りだよな」
「だろう?」

と、自信満々な様子のカイト兄。だけど、ぬいぐるみかぁ、この年でもらって喜ぶのか……?(いや確かにリンなら割と喜んでくれそうだけどさ)。でもまあ、参考にはさせてもらおう。また後で、ルカ姉かメイコ姉にも意見を聞いてみるか。
何かリンが欲しがってたものとか、あるっけな……。

そんなことを考えていた、丁度その時だった。

「お兄ちゃーん!レンくーん!」

後ろからぱたぱたと足音が聞こえて来たと思いきや、どすんっと鈍い音が響き。

「うわっと」

カイト兄の態勢が、軽く崩れる。驚いて立ち止まると、その腰に腕が回されて、カイト兄の肩越しからは長い髪が伸びて見えた。

あ、この髪は、間違いなく。

「い、いきなりは反則だなぁ」
「お兄ちゃんのヘタレー」

笑い声が聞こえてくる。カイト兄の後ろから抱き着いてたのは、ミク姉だった。そこから視線を移すと、カイト兄は困ったように笑いながら、その手にある卵の入ったスーパーの袋を落とさなくてほっとしている様子だった。次に、カイト兄が後ろに居るミク姉の方に顔を向けると、

「どうしたんだ、ミク?」
「いま帰りで、お兄ちゃんとレンくんを見掛けたから。2人とも、買い物の帰り?」
「ああ、そうだよ」
「そうなんだ」

えへへ、と笑ってミク姉がそっとカイト兄から離れる。そうして「それにしても今日は寒いね」と、俺とカイト兄に向けて言う。

それから、ミク姉も交えて3人揃って並んで歩いた。いきなりあらわれたミク姉とカイト兄が世間話をしていた。

そんな2人をぼんやり横目で見ながら、そういやこの2人って何なんだろうなぁと不思議に思ったりした。兄と妹の感覚にも見えるけど、それとも一応、VOCALOIDとして同僚同士の感じではあるんだろうか。

前に不思議に思って、マスターとメイコ姉の2人にそれとなく聞いたことがあったけれど、揃いに揃って、笑いながらかわされてしまった。恋路がどうとかって言っていたような気がするけど、……恋路?だとしたらこの2人って、一体どっちがどっちのこと好きなんだ。そこまできて、思考が中断する。何故なら、カイト兄が突然「あ」とか言って声を上げたからだ。

「そうだミク、今から一緒にスーパーに行かないか」
「え?いきなり、どうして?」
「今、卵のタイムセールをしてるんだよ」
「え、カイト兄まさか」
「ああ、そのまさかだレン」

そう言うカイト兄の顔はまるで良いことを思い付いたみたいな得意気な笑顔で。いやいや、そういうことじゃなくてさ、そんなに卵があっても仕方ないんじゃ――と言い掛けたその瞬間、カイト兄が意気揚々と駆け出していた。

「早くしないと売り切れるかもしれないから、今から急いで行くぞミク!」
「え!?お、お兄ちゃん、待って待って!」

言ってから、慌ててミク姉もその後を追って駆け出していた。

それを引き留める間も無く、2つに結んだ長い髪と青いマフラーが遠くなる。

……あーあ、卵買いすぎて叱られるのはカイト兄なんだろうなぁとか思いつつ、俺はそのまま、家路に着くことにした。読み掛けた、漫画の続きだって気になるしな。

あの2人のことも置いておくことにした。それよりも、今は。

1人になってから考えていたのは、リンの誕生日プレゼントのことだ。……なんつうかまあ。ひとまず家に帰り、このスーパーの袋に入った蜜柑をリンに渡してからまた色々と考えるとするか。

そんなことをぼんやりと思っていたら、夕暮れ色に染まる肌寒い帰り道が、どこか暖かいような気がした。



2009/11/23

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