「俺の夢?そうだなあ、ポケモン図鑑を完成させて、イッシュに居るポケモンみんなと仲良くなることかな」
ライモンシティ。観覧車近くにあるベンチに座り、ミジュマルを膝の上に乗せながら、呑気にそう言ったのはトウヤだった。
「わあ、素敵だね。あたしもイッシュのポケモンみんなと仲良くなってみたいなっ」
その隣に座っていたベルが、トウヤと同じように無邪気な笑顔でそう告げる。「まだまだ見たことないポケモンが、一杯だしな」と、トウヤがミジュマルの頭を撫でて言う。何とも、トウヤらしい答えである。
「君達の頭の中は随分と平和なんだな……」
そんな2人の様子を、すぐ近くで眺めていたのがチェレン。
「チェレンだって、ポケモン達と仲良くなりたいだろ?」
「そうだよ、チェレン。イッシュにはまだまだポケモンがたくさん居るし、みんなと仲良くなれたら幸せじゃない?」
「……僕は、ちょっと違うよ」
チェレンは、少しだけ難しい顔をしながらそう言葉を続けた。
「僕は、トレーナーとして、もっと強くなりたい。図鑑を完成させるなら、強いポケモンとだって戦わなきゃいけないだろ。その時の為に、もっと腕を磨いておきたいんだ。ポケモンと仲良くだってしたい。……だけど、まだまだ僕なんかよりも強いトレーナーはたくさん居るんだ。そんな人達に勝つ為にも、僕は力を付けて、強くなりたい」
それが僕の夢だよ、とチェレンは締め括った。これも、チェレンらしいといえばチェレンらしい。
「……うん。それも、素敵な夢だね」
と、ベルが言う。ムンナを抱き締めながら、続けて、
「あたしの夢は、ね。それが……色々と考えてはみたんだけど、実はまだ具体的じゃないの。えへへ……でも、ひとつだけ確かに言えるのは……あたし、あんまり強くないから。代わりに、みんなを守っていきたいっていうこと。この旅をして、図鑑を完成させながら、あたしが思ったことなんだ。たくさんのポケモンに、会うじゃない?戦ったりもするけど、その一緒に戦ってくれるポケモンも含めて、みんなを守りたいと思ったの。ちょっと、矛盾してるかな?その為にどんなやり方があるのかは探している途中だけど、きっと、それがあたしのトレーナーとしての夢だよ」
ためらいがちに、けれど、はっきりとした口調でそう言うベル。
「いいんじゃない?ベルらしくて。それに、立派な夢だと僕は思うよ」
「えへへ……、ありがとう。チェレン」
ベルがほんのりと頬を染めながらそう言った。トウヤも、そんなベルに笑い掛けている。
「……でも、君達さ。さっきの話でいったらNとすっごく気が合う訳だよね」
そんな“夢の話”の発端となったNに視線を移して、チェレンはそう言った。
「“ポケモンと仲良く”も“ポケモンとトモダチ”も似たようなもんだし」
言われた当の本人、Nは、私の隣でチョロネコを肩に乗せながら、きょとん、としながら笑みを浮かべていた。
ライモンシティでハチ合わせをした私達4人は「せっかくだし」と、一緒にライモンの町を見学して、それからベンチでひと休みしていた所なのだ。そこにNが現れ、世間話ついでに「君達、夢はあるかい?」という質問をしてきたものだから、そんなこんなでこの話の流れになったのである。
先ほどのチェレンの言葉にNは肩を竦ませながら、
「残念だけど、僕の言うトモダチと君達の言うトモダチは違うと思うんだよね」
「えっ、じゃあどういう意味なの?」
トウヤが声を上げる。
「君達トレーナーの言う“仲良く”っていうのは、ポケモンとの間に、モンスターボールを挟む訳じゃないか。そういうのとはまた、別なんだよ」
「えー?そうかなあ……。何が違うのか、俺にはさっぱりわからないよ」
なあ、ミジュマル?とトウヤが声を掛ければ、ミジュマルが「ミジュミジュ!」と元気に声を出す。Nはそれを見ながらどことなく寂しそうな笑みを浮かべていた。何かを考えているような、ううん、思い出しているような。そんな、表情で。不思議に思っていると、
「……で、トウコ。君にはどんな夢があるんだい?」
「えっ、私?」
そこで急にNに話を振られるから、驚いてしまった。というよりも、
「私の夢、かあ……」
何も用意してなかったのだ。むしろみんなの答えを聞いて「へえ、みんなそんな夢を持ってたんだ」なんて、感心すらしていたぐらいで。
みんな、カノコタウンでの始まりの一歩は一緒だった。けれど、バラバラに旅をして、それぞれ何かが変わり初めてるんだなって、そんなことを、肌で感じていた。
「……私の夢は、図鑑を完成させること、かな」
でもって結局、口から出たのは無難でちょっと曖昧な答え。
チェレンみたいにトレーナーとして強くなりたいかといったら、もちろん、なりたい。でも、チェレンには明確な目標があるように思える。ベルみたいに、みんなを守れる力が欲しいっていうのもよくわかる。だけど今の私と違うのは、ベルはその為に、試行錯誤しているんだと思う。
トウヤも「ポケモンと仲良くなりたい」っていうのはいつも言っていて、自分から進んで草むらに入ってポケモンを見付けて、ひとつひとつの出会いを大事にしている。実行、してるんだ。……トウヤは普段ぽけーっとしてるから、私の方がしっかりしてるんだって思っていたけど。そんな、勢いみたいな所はたまに負けちゃってるかなって感じる時がある。
そんな風に改めて考えたら、何だか自分はみんなから遅れてるのかもって、そんな風に弱気に思えてきてしまって。
私は、首をゆっくりと振って言葉を続けた。
「……私ね、もしかしたら夢ってまだ無いのかも」
「夢が、無い?」
Nが少し驚いたような顔で私の顔を見た。
「それは意外だね」
「もちろん、トレーナーとして成長していきたいとか、ジムバッチを手に入れたい、とかあるけどね。それが夢かって言われたら、ちょっと違う気がするのよ」
足下に視線を落とせば、ツタージャが私の顔を見上げている。私はそんなツタージャを抱き上げて、先を続けた。
「……だけど、この先でもう少し旅を続けたら見付かる気がするの」
自分だけの、夢が。
「ふうん……、そうか」
Nが、私と向き合う。
「じゃあ、いつかまた。トウコの夢を聞かせてくれると嬉しいな」
「それがいつ見付かるか、まだわからないけどね」
みんなの夢
でも、いつか必ず。
2010/10/08