どうしても今日中に判子を貰わなければならない書類を手に来たけど、2人がいない
お留守番担当のバチュルも見当たらない
直接貰ってすぐ他に渡したいから待っておこう
誰もいないと思って私はソファーに座った

「モシッ!」
「きゃっ」

下から鳴き声がして驚いた
ヒトモシがクッションの陰から顔を覗かせてる
そんな所に隠れて何をしてたのやら
手招きすれば寄ってきて、私の掌に白い身体を摺り寄せる。可愛い

「マッサージする?」
「もしぃー」
「……」

もし、その鳴き方にとある考えが浮かぶ
頭を振ってマッサージを始めたけど静か過ぎる空間が何度もその考えを呼び起こす
耐え切れず気持ち良さそうにしてるヒトモシにお願いした

「2回鳴いてもらえないかな」
「もし?」
「それを2回」
「モシー、…モシッ?」
「もう少し縮めて」

ライブキャスターの録音機能をオンにする
いつしか私はソファーに寝転がって、ライブキャスターを挟んでヒトモシと顔を見合わせていた

「もっもし!」
「…ちょっと違う」
「もーしーもしっ」
「あっ、近い」

そんな感じで始めの部分を少しだけ短くしてほしい
身振り手振りを交えながら伝えてみるけど、どこまで理解してくれているかはわからない
ただ私の表情を見て判断しているらしい
良さそうなものには頷いて微笑むとどんどん良くなってきた

「モシっもしぃ!」
「やった」

すぐさま録音機能を止める
30分はヒトモシとこうしていた気がする
ようやく手に入ったヒトモシの電話声を何度も確認してライブキャスターの通話呼び出し音に設定した
この鳴き声って人が言う"もしもし"によく似てる

「モシー」
「ありがと。…もしー」
「もしっ!」

真似して鳴いてみれば喜んでくれた
お願いしたのは私なのに何だか嬉しくなる
面白くなってもしもし意味のない鳴き真似をしていればガタン!と机が音を立てた
すぐさま身を起こして2つ隣同士並んでいる机を見る
まさか、そうであってほしくないと思うことは得てして当たるもの
机の下から黒いコート…ノボリさんが現れた

「……いつ、…最初からですか」
「暇なものでして少し驚かせようと隠れましたら、貴女様がいらしてわたくしのヒトモシとそれはそれは可愛らしいことをされておりましたので…」
「手にあるライブキャスターお借りしても良いですか」
「壊された場合、わたくし貴女様のライブキャスターをわたくしとクダリしか受け付けない仕様に致しますが、それでも宜しければどうぞ」

当然だけど嫌に決まっている
私は恥ずかしさをなるべく顔に出さないよう気をつけた
何もなかったように振舞えば大丈夫だと思う

「モシィー」
「あ、どうしたの」
「モシ!!」

マッサージをもう一度してほしいのかな
ヒトモシが言いたそうなことを挙げてみるけど身体を横に振るだけ
私が分からないのが腹立たしいのか、丸く白い手でぺしぺし膝を叩かれた
狼狽える私の隣にノボリさんが座る

「ヒトモシはまた同じように喋ってほしいのでしょう」
「そんなこと、」
「モシー!」

そんなことあった
ノボリさんの言葉にヒトモシは嬉しそうに跳ねる
流石持ち主と思ったけど素直に褒めれそうにない
黄色く丸い瞳が期待に満ち溢れて私を見つめる

「…も、もしぃー…」
「モシッ、もっしぃ?」
「……もしっ。っ、もういいですよね。判子ください、あの、早く」

隣にいるノボリさんの顔が近かった
熱を持った唇に彼の冷たいそれが重なって、またソファーに押し戻される
先輩方より良くないはずの体格でも長身や黒の威圧感が相俟って抵抗しても往なされる

深く深く重なっては離れてを繰り返す
何度目か分からないキスが降ってきて、息苦しさに口を小さく開けば今度はぬるりと舌が入り込んできた
驚いて逃げようとしたけど腰と頭が固定されている

「ん、っぁ、んん…」
「…っはあ…」

酸素が切れる頃合を見計らって離れる
上手く回らない頭を早く正常に戻したくて呼吸を短くした
彼の肩からヒトモシが目元だけ覗かせる
それに気付いたノボリさんが首を動かしてヒトモシの目上にキスをした

「退いてください」
「おや、ヒトモシが拗ねたようですね」
「違います。書類に判子を、」

また唇が押し付けられる
この人のキスは言葉遣いと真反対だ
口では相手を敬うことを言いながら、その中身は自分のことしか考えない

「わたくしのヒトモシなら"退いてください"を"もしっ"と言うはずですが」

銀灰色の瞳が妖しく揺れるこれは本気でそう言わないと離してもらえない
顔に集まりだした熱が放出される前に、私は小さく"もし…っ"と鳴いた
閉じられた彼の唇が緩やかに弧を描く
そして最後に舌は入れず、深く重く口付けて体は離れた

「此方の書類お返しいたします」

いつやったのか書類にはきちんと判子が押されていた
急いで引っ手繰って挨拶もせず私は執務室を後にした
廊下をダメだと分かっていながらも走る
早くこの熱を冷ましてしまいたかった

「っ、……私のばか」

鳴り響くライブキャスターの呼び出し音
画面に表示されるノボリさんの文字がとても憎らしく、とても厭らしく、結局私の幼稚な思い付きは2度と使われることはなかった







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