ノボリさんの、その真面目さが好きです


そう告げられてお付き合いさせていただいた方は、最後にはわたくしを罵って去っていかれました
原因がわたくしにあるということは重々承知でございます
しかし、あまりにも酷いと思ってしまいました
真面目であることがお好きだと言っておられましたのに、仕事やバトルに打ち込むわたくしは嫌いだそうです
何が違うのかわたくしには理解できません

「ノーボリ!」
「お止めくださいまし」
「えー」

ウキウキとクダリがやってきたと思えばわたくしの頬をぷにぷにと突きます
この程度なら可愛らしいものですが、ここで甘やかしてしまえば追々酷い目に遭うことは分かりきっております
ただでさえ鬱陶しい雨が続いてクダリの機嫌は酷く不安定なのです
諌めればすぐ止めましたので、…仕事も止めてしまいましたが、もう宜しいでしょう
先程有望なトレーナー様がダブルトレインにご乗車されましたからそろそろ

『クダリボス待機お願いします!』
「やった、任せて!行ってくる!」
「お気をつけて」

走ってはいけませんよと告げたかったのですが行ってしまいました
仕方ありません。わたくしは書類業務を続けるのみです
毎日こつこつ数をこなしておりますのに、一向に減る気配が見えないのはどうしてでしょうか

「失礼します」

扉が2回ノックされわたくしの返事を待ってからキロが入ってきました
手には綺麗に束ねられた報告書がございます
持ってくるのは整備士のどなたでも構わないのですが、最近は彼女が多いような気もします
口頭でも伝えた方が良いと思われる内容をキロは丁寧に述べました

「…これ、」

ふと彼女が口を止めて山積みとなっている書類に目をやりました
つられてわたくしも眺めれば、1枚そこから引き抜かれ机に置かれます
よくよく見ればわたくしの担当ではなくクダリの担当書類でした

「戻しておきますね」

クダリの机にメモ付きで乗せられます
おそらく期限が近いのでしょう
彼女のこういった対応は本当に細やかで素敵でございます

「あ…あの…」
「何でしょうか」
「シャンデラお借りできますか」

珍しいこともあるものです
ポケモン嫌いではありませんが、職場に手持ちをあまりお持ちになりませんから
快くシャンデラのボールを渡すとその場で出されます
作業服から何やらケースを取り出し中身の…ポロックをシャンデラに渡しました
嬉しそうにそれを食べるシャンデラのなんと愛らしいことでしょう
隣で微笑んでいるキロもそれはもう微笑ましい限りです

「前のより好き?」
「シャァーン!」
「ふふ、よかった」

どうやらシャンデラの好みに合わせて作ってきていただけたようです
わたくしが礼を述べると、少し目を見開きました
持ち主なのですから感謝することはおかしいとは思いませんが

「勝手にすみません」
「何故謝られるのです?シャンデラは喜んでおりますし、わたくしも怒ってなどおりません」

この無表情がいけないのでしょうか
表情が乏しいと言われますし、実際これで誤解されたこともございます
しかしそうではなかったようで彼女は首を横に振りシャンデラを見つめました

「ノボリさんの大事な子ですから」
「シャァン」
「他人に何かされるのは嫌だったかと」

誤解にも程があります
確かにシャンデラはわたくしの大事なパートナーですし、本当に見ず知らずの人間であれば触れさせるのすら渋りますでしょう
ですがキロ、貴女様は別物です

わたくしの世界にはクダリとポケモンしかおりませんでした
それはクダリも同じことでございます
互いがいてポケモンがいて、バトルをし強くなり、それだけで世界は構成されていました
電車という魅力溢れる物も入っておりましたが挙げるとしたらやはりその2つです

丸い地球のようにわたくし達の世界は既に出来上がっておりました
いえ、出来上がっていたはずでした
ところが違ったのです。そこにぽたりと、真っ白な紙の上に黒いインクを1滴落とすようにぽたりと、貴女様が現れたのです
今ではじわじわと侵蝕され消えてしまったらどうなるか分かりません

そんな貴女様をどうして他人と、無下に扱うことができますでしょうか

「わたくしのポケモンを気遣っていただけたのです。嫌などと思うわけがありません」
「シャン!」

シャンデラがわたくしに同意して鳴きました
すると彼女は大きい瞳を更に見開いて、そして優しく優しく微笑みました
温かい気持ちが胸中を流れたといいますのに次に彼女が紡いだ言葉にわたくしはふぶきでも喰らったかのように凍りつきました

「ノボリさん、真面目ですよね」

バッとトラックにでも轢かれたかのごとくフラッシュバックしました
まだわたくしが平の鉄道員だった頃を、彼女のその言葉を
強張ったのが伝わったのか、キロはシャンデラをボールに戻した後わたくしを見て真面目な顔をし口を真一文字に結びました
何か言わなければいけませんのに本当にこおり状態で瞬きをするのがやっとです
緩やかに開いていく唇を凝視するしかわたくしには出来ませんでした

「以前オノノクスに会いました」
「へっ」

予想外の言葉に何とも間抜けな声を出してしまいました
金縛りが解けて唖然とするわたくしを気にせず、キロはどこで会ったか、どういう場面だったか事細かに述べていきます
半分聞きそびれましたがどうやらライモンシティの遊園地でトレーナー様が連れていたようです

「確かに個体値も良くて素敵な子でした。でも、とても寂しそうで」

そこで彼女は区切り黙ってしまいました
言わずとも続きは分かります
育て上げてしまえばもうやることはありません
生まれるまでの生まれてからほんの暫くの間が大切なのですから

「…私2人のポケモン見てるの楽しいです」

シャンデラが入ったボールを愛しそうに見つめます
あまりにも熱の籠った目で見ますから、思わずシャンデラに嫉妬しそうになりました
それほどまでに優しく綺麗で此処に来た時とは全く違う深い海のような瞳でした
わたくしの掌にボールが返されます

「ノボリさん」

舌触りが良く甘く蕩ける声で呼ばれました
それ以上彼女は何も言いません
来た時と同じよう礼儀正しく去っていくだけです
追いかけようかと手を伸ばした時、耳元の無線から連絡が入りました
どうやらスーパーシングルにお客様がいらっしゃるようです
返答してわたくしは、ぐっとコートを着直しました

「では、参りましょうか」

わたくしは、わたくしです
知らないうちに少し疲れていたようですが、それでも、好きで選んだ仕事でございます
電車が好き、ポケモンが好き、バトルが好き


そして、


『ようこそ、お待ちしておりました!改めて自己紹介を…わたくし、サブウェイマスターのノボリと申します!』


貴女様がそう心で告げるならば
わたくしいくらでも頑張ってみせましょう
真っ直ぐ、ただただ真っ直ぐに









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